第2話 英雄譚の幕開けは密かに

大きな真っ黒い穴から出てきたソレは、想像していた『悪魔』というものからかけ離れていた。むしろ悪意の塊の様な人型の何か、という方が適しているかの様に思えた。

 

 体が、動かない。

 何かをしなければまずいことになる。そんな予感だけはひしひしと感じていた。

 動け。動け。動け。動け。

 

 自分が何ができるかも聞いていなかったし、そんな時間はなかった。

 それだけが少し後悔。


「お、お前は……一体何なんだ……?」


「? 言っただろう? 『悪魔』だって」


「何しに……き、来たんだ……」


「君を殺しに」


 飄々と受け答えをする『悪魔』。それなのになぜか会話をしている気にならなかった。

 純粋な恐怖が胸の内を支配する。


「うーん、今日はねぇ、君が目覚めるかもって思って来てみたんだよ。 起きてなくても体を壊して君の呼び出しを延期するって方法もあったんだけどね。 何はともあれ起きててくれて良かった。 君さえ殺してしまえば、誰も僕の邪魔はできないからね」


「リスキルとか……クソゲーかよ…………」


「ごめんねぇ、勝手に呼び出しといて。 帰ってもいいよー。 ま、どこに帰るのか知らないけど」


「死んだら、元の世界に帰れる…………のか?」


「元の世界っていうのは知らないけど、もちろんだよ」


「何だよ……脅かすなよぉ…… あぁー怖かった。 じゃ、一思いにやってく――――――」


「待ちなさい!!」


 横から衝撃、見るとネルトが俺の脇腹に突進を仕掛けている。

 

 そしてその頭上を高速の黒い球が通り過ぎる。

 

「このバカ!! 帰れる訳ないでしょ!! あれは嘘よ、ウソ!! そんなので帰れるんならもう返してるわよ!!」


「あれぇ? 何で動けているんだい? ………………あぁ、君も『敵』なのか」


 『悪魔』の顔から表情がスッと消える。

 そして指をこちらに突き出すと、そこに真っ黒い何かが集まってくる。

 

「さようなら、僕の敵」

 

 放たれる。


 あ、終わった。

 

 戦闘経験をしたことも、記憶も無い俺でも直感した。コレはまずいものだ、受けきるなんんて到底できない、と。

 さようなら、第二の人生。来世はリスキルされない世界で生き延びたいです。

 

「『妖精の風の盾シルフィード・シールド!!!」


 轟音。

 風が吹き荒れる。

 黒い魔弾と風の盾は衝突し…………そして押し合う。が魔弾がだんだんと盾を押し、盾は悲鳴をあげる。

 このままでは、押し切られてしまう。


 そう、思った。

 

 すると、体が動き出した。

 徐に。しかし、自然に。

 人差し指が頭を叩く。すると緑色に輝く丸い宝石のようなものが落ちる。それをを拾い上げ、にそれを入れる。すると、全身にまとわりついている白い線が緑色に輝きだした。右手を、前に。眼が、開く。

 広がった緑色が右手に集まって――――――何かが来る。

 全て吐き出す様な感覚。後ろに倒れそうになるのを何とか堪える。


 何が起こっているのか十分に把握できたわけではないが、簡潔にいうと、手から、風が出てる。


「やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!! 半端ねええぇぇぇぇぇぇぇぇーーー!! 何だこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!」


 情報処理能力と言語機能に深刻な異常をきたしながらも、掌から風を噴射し続ける。

 

 依然として、黒い魔弾はギャリギャリと音を立てて、ネルトの作った盾を削ってゆく。

 が、俺の掌からでた風がその盾を『悪魔』の方へと押し返してゆく。

 

「…………起動からそう時間は経っていないはずだろ…… 『賢者』のつけた機能か……?」


 『悪魔』の顔から余裕の様なものは剥がれ落ち、無表情で何かを呟いている。

 しばらくして、一つため息をついて、人差し指を振った。


 バシュンッッ!!!

 

 大きな音がして、盾と魔弾が掻き消える。


「魔法を使える様になったのなら今は分が悪い。ここは一旦引くとしよう」

 

「逃すわけないでしょ!!」

 

 そう言ってネルトが緑色の矢を4本宙に浮かべ、『悪魔』の方へと放った。――――――が、それは奴の体を通り抜けた。

 

「!!」 

 

「まぁ、見ての通りさ。ここにいる僕は本体じゃあ無いんだよ。封印から無理矢理魔力を流して分身を作ったにすぎない。だから、あれが止められた以上、今君達に致命傷を負わせるだけの攻撃を僕は出来ない。というわけで、帰るよ」


 そう言って『悪魔』は穴へと引き返す。


 正直ホッとした。ものすごく怖かった。

 いや、待て。

 、なのか……?

 そうだとしたら、これから戦う相手はあれの数倍、いや、数十・数百倍の強さの化け物なのか……?

 そうだとしたら俺が勝てる訳がない。


 だが、あれを倒さなければ俺は地球には帰れない。さらに、俺をここに呼び出している彼ら原住民にとってはさらに不可能だろう。

 ならば、やるしかないのか?


 多分だがポテンシャルは兼ね備えているのだろう。現に魔法的なものへの理解度が皆無に等しい現状でも魔法の行使はできたと言っていいだろう。


 もしかしたらやれるかもしれない。しかし、本来の力の『悪魔』を倒せるビジョンが浮かばない。激しい自己矛盾に囚われていると――――――


「お、お目覚めに、お目覚めになったぞおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!!!」

 

「「「「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!!!」」」」」」」」 


 野太い雄叫び。幾重にも重なった人々の声は、森を揺らし、響き、そして、俺の鼓膜を破壊した。


「うるせええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 というか鼓膜、あるんだろうか。




 にある一室、小柄な少女は剣呑な目を声のする方へと向けながら、起こした火に薪代わりに装飾の施された本を数冊放り込み、暖をとっている。


「………………目覚めたか」


 と呟く。


 1000年前、『悪魔』を封印し、世界の危機を回避させた『救国の三英雄』が1人、『賢者』こと――――――フートニーライト=リンズヴェルが、静かに動き出した。


 そして、第二の英雄譚が今、幕を開けた。

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