第11話 さくらのキモチ
「おにぃ! 何でここにいるの!? さくら、近藤さんから今日の共演者はバーチャル彼氏のるかくんだって聞いてたんだけど……」
「………………」
ここまで来たら隠しようがないよな。
俺はさくらに正直に伝えることにした。
「さくら、俺が『バーチャル彼氏 るか』なんだ……」
「ええ!? おにぃが!?」
さくらは顔を真っ赤にして悶えている。
しかし、話している時間はもう無さそうだ。
俺とさくらはマイクの前に立つ。
「おにぃ、後で話聞かせてよね!」
「あぁ……」
それにしてもこの収録は拷問になりそうだ。何しろタイトルが『俺と実妹がエッチな遊びをしているところを義妹に見られてしまった』というもの。
俺が主人公でさくらは実妹役。
さくらは義妹なのでそこは違うが、兄妹でエッチな話を収録するのは何とも気まずい。
そして収録が始まっていく。
◇
「……はぁっはぁっ、兄さん。これ以上はっ」
冒頭の回想シーン。
いきなりさくらの喘ぎ声から始まるのだ。
あのさくらからどうやってこんなエッチな声が出るんだろうと思う。
横目でチラッとさくらを見てみたのだが、蕩けた表情で役になり切っている。
アイドル声優ながら、演技も高く評価されているさくらだけのことはある。
そして俺の語りが始まる。
「妹の藤島愛美は、俺――藤島直哉と同じ進学校に通う一年生だ。首席で合格し、まだ発達途上ながらもスタイルのいい黒髪美少女の愛美は、同級生の男子のみならず学園中の男子の憧れの的となっている……」
よし、練習通りトチらずに喋れている。
あとは声のトーンが主人公のイメージに合っていれば良いが……
ここからはさくらとの掛け合いだ。
「……兄さん起きてますか? 愛美です」
「あぁ、起きてる。入っていいよ」
さくらはいつもの幼い感じの話し方とは違う、とても大人っぽい話し方だ。
優秀な実妹のイメージに良く合っている。
「兄さん、エッチってしたことありますか?」
このセリフをきっかけに主人公と実妹はエッチなことを始めていく。
気まずいことこの上ないが、主人公になり切って、割り切ってやるしかない。
「ごめん、痛かったか?」
「……いいえ、ドキドキしましたが、気持ち良かったです」
さくらの演技が真に迫っていたので、本当にさくらを抱いているような気分になってしまった……
残すは終盤の語り。
これで今回のドラマCD収録部分は終わりとなる。
最後の語りの部分を話していると、担当部分が終わったさくらが俺の方を熱い視線で見つめていた。
緊張する……
「オッケー! 二人ともお疲れさまです!」
今回のプロデューサーと思しき人物が収録の終わりを告げる。
後ろを振り向くと、さっきはいなかった、さくらのマネージャーの近藤さんの姿も見えた。
何故かニヤニヤとした顔をしている。
二人してブースから出る。
「るかくんがまさかお兄さんだと思いませんでした。さすが血は争えませんね。初収録とは思えませんでしたよ」
「いえ、さくらとは義理の兄妹なんですが……」
「まぁ、細かいことはいいじゃないですか♡」
近藤さんは相変わらずニヤニヤとしている。
「近藤さん! るかくんがおにぃだったなんて知りませんでした! ちゃんとチェックしておいてくださいよ……」
「ごめんなさいね、さくらちゃん。さすがの私でも本名までは調べられないわ」
「んんーまぁ、そうですよね……」
やはりさくらも兄と共演などしたくはなかったんだろう。
「おにぃ、結愛ちゃんに今日の晩御飯断っておくから、この後付き合ってよね!」
「ああ、わかった」
兄の俺がついているということで、近藤さんの車での送りは今日は無しになり、二人で帰ることになった。
「さくら、この時間かなり人歩いてると思うけど変装とかしなくてもいいのか?」
「さくらなんてただの声優だよ? 女優さんでもないんだから変装なんてしないよ」
女優さんよりも下手したら熱狂的なファンは多い気もするんだが。兄として少し心配になる。
「声優の前にさくらはこんなに可愛いんだから、ちょっとは気をつけて欲しいかな」
「!? ……うん、わかった。それなら今日はおにぃが守ってよね?」
「ああ」
スタジオから新宿駅までは徒歩で向かい、そこから最寄りの目黒駅までは15分程。
電車の中でさくらはツブヤイターを更新していたようで、会話は無かった。
そして目黒駅に到着する。
「さくら、何か食べたいものはあるか?」
「んんー炭水化物系?」
「それじゃ、いつものお好み焼き屋に行くか?」
「うん!」
目黒駅から徒歩一分程の場所に家族で良く行くお好み焼き屋がある。
グルメサイトではかなり評価が高く、土日はかなり混み合う店だ。
「ああーやっぱり凄い列だ。別の所にするか?」
「いいよ、おにぃ。待ってようよ」
メニューを眺めながら、十五分程待つ。
さくらはチーズ乗せのお好み焼きに決めたようで、俺は海鮮モダンにした。
二階の座敷に通される。
衝立がされており、これなら仕事関係の話をしても問題なさそうだ。
待っている間に注文していたので、すぐに料理が運ばれてくる。
「いただきますっ!」
「いただきます」
さくらはニコニコしながら美味しそうにお好み焼きを食べている。
やっといつものさくらに戻ったような気がする。
仕事場でのさくらは少しピリピリとしていていつもと違って見えたからだ。
「おにぃ、それじゃ、るか君のことについて教えて?」
「ああ。一年程前に『ミーチューブ』でチャンネルを始めたんだけど、きっかけは声優になりたいと思ったからなんだ」
さくらは驚くかと思ったが、真剣な顔のまま聞いている。
「声優になりたいと思ったのは、さくらがデビューしたことがきっかけだよ。さくらが出演する作品を見て、俺もアニメに声をあててみたいと思うようになった。でも、オーディションを受ける勇気もなくて『ミーチューブ』での声出しから始めたってわけ」
「そっか、おにぃが声優になれるように、さくら、サポートするよ。……だってさくら、るかくんの大ファンだから! 今日の収録もるかくんと話してると思うとドキドキしちゃった♡」
まさか葵ちゃんだけじゃなく、さくらまでバーチャル彼氏の配信を見ていたなんて……!
「おにぃが声優になれるようにサポートする替わりに助けて欲しいことがあるの……。実は来期恋愛系のアニメのヒロイン役が多いんだけど、さくら、恋愛経験が全く無くて。だから、たまにでいいから彼氏役になってくれないかな?」
「それは“レンタル彼氏”みたいなことをすればいいってことか?」
「うん、そうだね!」
兄妹で彼氏彼女など全くイメージがつかなかったが、デートなどを経験すれば演じる上で役に立つのかもしれないな。
「わかった、俺で良ければ」
「ありがとー! おにぃ好きー♡」
昔のさくらはどちらかと言うと俺にベタベタで、抱きついてくることも多かった。
何だかその頃のさくらに戻ったような感じがする。
お好み焼きを食べ終え、店を出て、家に向かって歩いていく。
少し前を歩くさくらは振り返って言った。
「ねぇ、腕組んで歩いてもいい?♡」
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バーチャル彼氏をやってるぼっちの俺には10万人のバーチャル彼女がいる 碧井栞 @_yokku
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