第10話 ドラマCD
始業前に思いもよらぬメールが来たことにより、俺は授業に集中できず、あっと言う間に昼休みの時間になってしまった。
「戸塚くん、良かったら食事一緒にどう?」
「うん、一緒に食べようか」
男友達と一緒に食事をするなんて、いつ振りだろう。
俺は一気に幸福感に包まれる。
隣の葵ちゃんを見ると、一人で食事を摂ろうとしていた。
いつも一人で食べているんだろうか。
「葵ちゃんも良かったら、一緒に食べない?」
「ありがとうございます、是非」
「俺弁当無いから、ちょっと購買でパン買ってくるね」
そう言って、教室を出たところで結愛とさくらに出食わす。
「悠、ごめんね。お弁当作ってたんだけど、渡すの忘れちゃってた。良かったら一緒に食べない?」
「ああ、ありがとう。葵ちゃんとあともう一人友達も誘っていいかな?」
「友達……?」
葵ちゃんと七海くんを連れてきて、五人で中庭へと歩いていく。
「また女の子かと思ったけど、制服見る限りは男の子よね。顔可愛い過ぎでしょ」
「俺もあんまり男子って感じはしてないよ」
皆で食事を摂る場所として食堂もあるのだが、こんな美少女達が集まっていたら、周りが騒いで、落ち着いて食事ができないだろう。
比較的人の少ない中庭にしてくれて良かった。
「初めまして、七海千秋です。皆の名前は知ってるから大丈夫だよ。それより僕、お邪魔じゃないかな?」
「七海先輩、おにぃの友達なら歓迎です。おにぃ、今までずっとぼっち飯だったはずなんで……」
「ははは……。僕も似たようなもんだよ」
そして、結愛から渡された弁当を開いてみる。
ハンバーグや卵焼き、きんぴらごぼうなど、食欲をそそる物がたくさん入っていた。
「戸塚くん、東堂さんにお弁当作って貰ってるんだね。どうしてなの?」
「俺の両親が海外出張してしていて、その間、お手伝いさんをやって貰ってるんだ」
「へぇ、こんな可愛い子がお手伝いさんなんて羨ましいね」
「――――!!」
「ああ、俺には勿体無いよ」
結愛は顔を俯けて、赤くなってるようだ。
「葵さんはお母さんにお弁当作って貰ってるんですか?」
「さくらちゃんにはまだ言ってなかったですね。私の両親なんですが、仕事の関係でまだフィンランドにいて、遅れて日本に来ることになってるんです。それで今はさくらちゃんの家の向かいのマンションで一人暮らし中です」
「そうなんですね。ってことはお弁当手作りってことですか? すごい。結愛ちゃんも料理できるし、私だけ置いてかれてるな」
「さくらちゃんはその分いっぱいお仕事してるじゃない。料理くらいいつでも私が教えてあげるよ?」
「ありがと、結愛ちゃん!」
俺の周りの女の子は料理ができたり、一人暮らししてたり、仕事をしてたり、俺とは大きな差があるなと改めて実感した。
そんなことよりも先週までぼっち飯だった俺が五人で食事を摂れていることに今は感謝しよう。
「おにぃが何かしんみりした顔してる」
「いや、こんな大勢で昼ご飯食べれてることに感動してて……」
「悠、私がもう一人ぼっちになんてさせないって言ったでしょ? これからも一緒よ」
「戸塚くん、授業のペア行動なんかも僕がいるからいつでも声かけてね」
「ありがとう……ありがとう……」
皆は楽しそうに食事をしていたが、俺だけしんみりしたまま食事を終えた。
◇
放課後、帰ろうとしていると、葵ちゃんから声をかけられる。
「悠くん、良かったら今日も一緒に帰りませんか?」
「うん、帰ろうか」
周りにいたクラスメイト達が先週の金曜日に続いて一緒に帰ろうとしている俺達を見て驚いている。
でも、もう葵ちゃんは俺の友達なんだ。
これから一緒に帰ることもたくさんあるだろう。
俺は周りを気にせず、葵ちゃんの隣を歩いて教室を出た。
「悠くん、今日朝からずっと何か考え事してましたよね?」
「――うん、そうなんだ」
「いいことですか? 悪いことですか?」
「いいことだとは思うんだけど、まだ心の整理がついてなくて、戸惑ってるというか……」
ドラマCDの出演は声優デビューとも言えなくもないし、夢に繋がるものだと思う。
ただ、いきなりのオファーに怖気付いてしまっていた。
「良かったら、どんな内容か聞かせてくれませんか? 私でお力になれるかはわかりませんが……」
「うん、実はドラマCD出演のオファーが『ミーチューブ』のアカウントに来たんだ。どんな作品かはまだわかってなくて、これから電話して確認するんだけど」
「ええ!? すごいです。るかくんファンの私からしたらたまりません♡」
葵ちゃんは俺の手を握って、笑顔で喜んでくれている。
「ありがとう。まだ話したことはなかったと思うんだけど、俺、実は声優を目指してて、その足がかりになりそうな仕事が突然舞い込んできて、戸惑ってるのかもしれない」
「確かに今までの配信とはまた違ったものですもんね。ちゃんとした台本があって、スタジオで収録したりだとか。でも、今までも悠くんは、るかくんっていうキャラクターになりきって、一年以上演技を続けてきて十万人以上のファンもいます。自信を持ってください!」
「そうだね。仕事って考えてしまって、失敗したらどうしようとか怖くなってた。でも今まで続けてきたことを思い返すと何とかやれそうな気もしてきたよ」
「自信が無くなったら私に言ってください。悠くんのファンを代表して背中を押します」
自分を全肯定してくれる葵ちゃんに励まされ、一日中悩んでいたものはすっかり晴れていた。
◇
自宅に帰ってスマホでメッセージに書いてあった連絡先に電話をかける。
『はい、齋藤です』
「もしもし、戸塚と申します。『バーチャル彼氏 るか』をやっているものですが……」
『戸塚さん、ご連絡ありがとうございます。オファーさせて頂いた件いかがでしょうか?』
「はい、是非お受けしたいと思います」
『ありがとうございます。それでは、台本などはメールの方に送付させて頂きますね。収録日は早速なのですが、今週末の土曜日。タイトルは……』
二十分程担当の齋藤さんと連絡して、通話を終えた。
今回のドラマCDはライトノベルの特典らしく、それほど長いものではないらしい。
反響があった場合は、次作も作成する可能性があるそうだ。
暫くして齋藤さんから台本が送られてくる。
少々刺激的なタイトルの作品だったのだが、読み進めてみると、内容もなかなかだった。
本番でトチらないためにも、早速読み込んで、声に出して練習する。
◇
土曜日。
台本が送られて以降、一体何回読み返しただろうか。
印刷した台本は俺の書き込みでいっぱいになっている。
17時からの収録に向けて、早めに指示された収録スタジオ前に着き、待機していた。
時間になったので、齋藤さんに連絡をして、迎えに来て貰う。
「戸塚さん、お疲れ様です。緊張されているかもしれませんが、是非リラックスして臨んでください」
「はい、よろしくお願いします」
「あと、今日はお相手の声優さんと一緒のブースで収録して頂くことになっていますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
ドラマCDだから個別ブースで収録するものだと思い込んでいた。
プロの声優さん一緒に収録など、俺にこなせるだろうか……。
ビルの中を歩いていき、『ただいま収録中、お静かに』という看板を越えて、スタジオの中に入っていく。
スタジオの中にはレコーディングエンジニアの方や、関係者の方達が複数いた。俺は「本日はよろしくお願いします」とガチガチになりながら、挨拶をする。
すると、ブースの中の椅子に着席して、台本を読んでいる女性が見える。
ああ、この方が相手役だなと思うと、さらに緊張感が高まってきた。
意を決して、ブースに入る。相手役の女性は台本に集中しているのか、前傾姿勢になっていて、髪で顔が隠れている。
気づかれる気配がないので、俺から挨拶をすることにした。
「初めまして、藤島直哉役の戸塚です。本日はよろしくお願いします」
すると、挨拶を返してくれようとしたのか、女性はこちらを向いた。
「「ええ!?!?」」
「おにぃ! 何でここにいるの!?」
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