第9話 初めて尽くし

「悠! ぼっちだって言っておきながら、何で柚月さんが迎えに来てるのよ!?」

「いや、本当に最近までは友達いなくて、ぼっちだったんだよ。先週末に葵ちゃんとたまたま仲良くなっただけと言うか……」


「先週末に仲良くなって、もうお互い名前呼びなの?」

「友達になったんだから、変なことないだろ」


「おにぃ、土曜日、葵さんとデートしてたからね」

「――!?」


 四人で学校へ向かうため、目黒川沿いの歩道を歩いているところだが、その空気は重い。

 結愛はぼっちの俺をもう一人にさせないと言っていただけに、いきなり学校一の美少女が俺の友達として現れたので、いい気がしないのだろう。


 俺の横を歩く葵ちゃんは、居心地が悪いのか、少し俯きがちだ。


 俺は何とかこの空気を良くしようと話題を考える。


「……葵ちゃん、『未来の貴方に、さよなら』のこと、結愛とさくらに話しても大丈夫?」

「……うん、特別に隠していることじゃないから大丈夫」


 さて、結愛とさくらにこの件を話すと、どんな反応をするだろうか。


「結愛、さくら、俺と葵ちゃんが仲良くなったきっかけなんだけど、ライトノベルなんだ」

「へぇー意外ね、柚月さんがライトノベル読むだなんて思わなかった」


「結愛とさくらは『未来の貴方に、さよなら」ってまだ読んでるか?」

「私は今も読んでるわ。もうすぐ主人公がヒロインの誰かを選びそうよね」

「さくらも読んでるよ」


 そう、結愛もさくらも俺が二年前に勧めた時にかなりハマっていて、一緒に読み進めていたのだ。

 まさか、二年経った今も二人とも追い続けているとは思わなかったが。


「結愛、さくら、作者の名前覚えてるか?」

「「Aoiさんでしょ?」」


「そう、こちらにいらっしゃる葵ちゃんが、あのAioさんなんだよ」

「――ええ!?」


 結愛とさくらは目を大きく見開いて、驚いたかと思うと、葵ちゃんの方に駆け寄っていく。


「二年前から大ファンなの! 書籍化はまだなの!? 書籍化されたら全巻揃えるよー!」

「さくらが唯一追いかけ続けてるWEB小説なんです! アニメ化してくれたら私が声あてたいな」

「書籍化の話はちょっと内緒ってことで……もし万が一アニメ化してさくらちゃんに声優担当して貰えたら、私、もう作家辞めてもいい……」


 共通の話題が出てきたことで、場の空気も一気に明るくなった。

 俺は後方へと追いやられ、結愛とさくらが葵ちゃんを挟んで歩いている。


 目黒新橋に差し掛かったところで、左折をする。

 すると、日の入高校へ向かう生徒達が多く歩いていた。


「おい、あれって声優の戸塚さくらじゃないか?」

「うちの学校に通ってるなんて知らなかった……」


「誰だ、あの後ろを歩いてる男?」

「わからん、何であんな美少女達と一緒に……」


 初登校にも関わらず、さくらは周りの生徒達から注目を浴びていた。

 だが、うちの高校は芸能コースがあるので、生徒達も芸能人にある程度慣れているのか、近寄って話しかけてくるような者はいなかった。


 学校に到着し、さくらは二年の芸能コースのクラスがある二階に向かう。


「初登校で緊張すると思うけど、頑張ってな」

「何言ってるの、おにぃ。さくら武道館でもコンサートやったことあるんだから、これくらい何とも無いよ。じゃあね」


 同じ兄妹でも兄と妹でこれほどまでに違いがあるのか、と改めて思う。

 アイドル声優として完璧に仕事をこなすさくらは、学校生活も難なくこなすだろう。


 教室に着くと、始業まではあと十五分程。隣の葵ちゃんを見ると、集中してスマホに何か入力しているようだった。

 小説の執筆をしているのだろうか。


 すると、前の席に座る生徒がこちらを振り向く。


「戸塚くん、おはよう」

「ああ、七海くん、おはよう」


 彼は七海千秋ななみちあきくんと言って、今年初めて一緒のクラスになった生徒だ。

 一般的な男子と比べて線が細く、肌も白い。


 それにショートボブっぽい髪型が女の子っぽさを際立たせている。

 七海くんは友達と話しているところをあまり見かけたことは無く、俺はどこか親近感を覚えていた。


「いきなり話しかけてごめんね? 迷惑じゃなかった?」

「うんん、高校に入って初めて男子から話しかけられたよ。嬉しい」

「そっか、良かった。今日登校している時に戸塚くんが、女の子三人と歩いてるのが見えて、すごいなと思って」


 俺なんかが女の子三人と歩いてたら、変だよな。


「あれは妹と幼馴染と隣の柚木さんだよ」

「妹さんってことは、やっぱり戸塚さくらちゃんって戸塚くんの妹さん?」

「ああ、そうだよ」


「妹さんの歌が好きで、何枚かCD持ってるよ。僕、アニメも好きだから、出演してる作品もよく見てる」

「そうなんだ、さくらも喜ぶと思うよ」


 その後も話していると、七海くんはライトノベルやアニメ、声優、VTuberに興味があって、イラストを描くのが趣味だそうだ。


「戸塚くん、良かったら友達になってくれないかな? 僕なんかで良ければだけど……」

「もちろん、よろしくね」


 こうして高校生活で初めての男友達ができた。


 始業までは間も無くだ。

 スマホを触っていると、一通のメッセージが届く。


 『ミーチューブ』のアカウント宛てのようだ。


『お世話になります。株式会社Linbackの齋藤と申します。弊社が現在企画しております、ドラマCDへの出演依頼となります。宜しければ詳細をお電話にてご説明させて頂きたいのですが……』


 ドラマCD!?

 突然降って湧いた話に、俺は脳の処理が追いつかずにいた。

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