自律神経系の働きを理解する

 この章では自律神経系について“なるべく分かりやすく”解説していきます。なぜ“なるべく分かりやすく”なのかと言うと、自律神経系の働きを詳細に記述すれば学術書と化してしまうからです。さらには自律神経系について分かりやすく解説した文庫本なんかも昨今では沢山売られていますので、是非気になる方はそちらをご参照ください。そもそも私は研究者でもありませんので、本書ではあまり細かいことは取り上げません。ですが自律神経系のことについては、ビジネスパーソンが知っておいて全く損のないことがたくさんありますので“なるべく”分かりやすく解説していくことにします。

 まず自律神経系とは何でしょうか?英語ではautomatic nervous systemと訳されます。オートマチックということはどうやら自動的に働くシステムのようですね。その通りです。人間の身体というのは常に一定の状態を保とうとするシステムの下で活動しています。この身体の状態を一定に保つシステムを生体恒常性と言い、ホメオスタシスとも呼ばれます。簡単に言えば、身体に何か変化があった時には必ずそれを元に戻そうとする働きが出現するということです。ですから人間の身体は急激な変化を嫌います。運動不足だった人がジムに行っていきなりハードなトレーニングをすると、激しい筋肉痛に見舞われてたちまち身体を動かすのが億劫になるのも、ホメオスタシスの一例です。

 シリーズ冒頭にも述べたように、私たちは宇宙のリズムと共にあります。音楽でもリズム隊が下手くそだと気持ち悪いことになりますが、上手なリズム隊が巧みにリズムチェンジを行うと感動するものです。私たちはこんな風にリズムの中にあります。そのリズムを司っているのがこの自律神経系です。自律神経系の働きが正常であれば、ホメオスタシスも適切に維持されます。しかし自律神経系の働きが乱れれば、それはすなわちリズムが崩れていくのです。最終的にはもはやリズムとは言えないノイズとなりますから、自律神経系を整えホメオスタシスを維持することは、ビジネスパーソンならずとも人間にとって非常に重要であると言えます。


 自律神経系は交感神経系と副交感神経系に分けられます。ここで“なるべく分かりやすく”する為に、以下よりそれぞれを交感神経と副交感神経と呼ぶことにします。

 交感神経は「闘争または逃走」の神経と呼ばれ、自らが危険な状態に陥った時に優位となるシステムです。サバンナで外敵に襲われた時は「闘争または逃走」しなければ命を落とすのでこの様に呼ばれるのですが、現代の私たちはよほどのことがない限りそんな状況に陥ることはありません。現代においてはそれが優位になる時がすぐさま命を落とすような状況ではないことの方が多いでしょうが、生体の反応としては緊急事態であると認識しているわけです。

 反対に副交感神経は「休息または消化」の神経と呼ばれ、危険がない状態の時にその身を休め食べたものをゆっくりと消化するように働きかけます。要はリラックスしている状態であると言えるでしょう。現代の私たちであれば単純に夜眠る時や、食事を摂る時、心許せる人との会話中などは、この副交感神経が優位になっているはずです。

 問題なのは現代人が微量なストレスの蓄積によって、いつの間にか交感神経が優位な状態が長く続いていることにあります。シリーズ冒頭にも述べたスマホ、PC、ネット、SNSなんかはその典型です。まず液晶画面からはブルーライトという光が発せられています。太陽光によって人は自然と目が覚めるのは、交感神経が優位になって覚醒するのです。でも、寝る直前までスマホを触ったり、テレビを見ていたりしていませんか?これでは本来休みたい、すなわち副交感神経が優位になって欲しいタイミングに、自らの行動によって交感神経を優位にしてしまっているのです。こういったちょっとしたことが蓄積していくせいで、夜は眠れないのに昼間は眠たいというなんともリズムの悪いことが起こってくるのです。


 食事というところにフォーカスすれば副交感神経はまさに「休息と消化」のシステムですので、食事を食べた後はこのシステムが稼働してくれないとうまく消化されないということになります。ちなみに交感神経が優位な状態というのはサバンナで言えば外敵に襲われている時です。こんな時に「ちょっとトイレ行ってくるわ」とか「今メシ食ってんねん」なんて言って停戦状態に持ち込めるはずもありませんから、交感神経優位の状態では消化や排泄といった重要なプロセスは抑制されます。もうお分かりでしょう。現代人は不自然に交感神経優位な状態が続いていることによって、消化吸収のプロセスがうまく働かなくなってしまっているのです。

 現代において交感神経が優位になる状態とはどんなものか見ていきましょう。不安や苛立ち、怒り、仕事モードといったところでしょうか。他にも時間に追われているという目には見えないプレッシャーの様なものを抱えているかもしれませんが、それも同様に交感神経が優位となります。不安や苛立ち、或いは怒りの感情も明確にそうであればそれらを否定することはありません。しかしそれらの感情が何によって誘発されているかが問題です。結論から申し上げればテレビやネットニュース、或いはSNSはそれらの感情に訴えかけるようにデザインされています。世の中にはハッピーなニュースよりもダークなニュースの方が多いのです。これはその方が視聴率やページビュー数が明確に高くなることが分かっているからです。人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、見て欲しいニュースや記事にはどこかイラっとしたり、不安にさせられたりする要素が含まれています。これは確信犯的にやられていることなので、見ないに越したことはありません。

 TVCMやその他広告にしても同じです。私たちが不安に思っていることに対してセールスをしてくるのが常套手段ですよね。別にその手法が悪いとは言いません。私も1人のビジネスパーソンですから、そういう手法をコッソリ使っていることもあります。ですが、そんなものばかり目の当たりにしていたらたちまち交感神経が優位な状態が長く続くことになってしまうのです。SNSにしたって誰かがアップした幸せそうな写真や動画にイラっとすることはありませんか?(笑)残念ながら人間というのはそういう生き物です。だからそういったものを見過ぎないようにして、交感神経が優位になる時間を減らすことが大切なのです。

 ちなみに交感神経が優位になっている時間帯は良くも悪くも集中力が増します。集中力が増している時、よいパターンだとビジネスアイデアが底なしに湧いてくるなんてこともありますが、逆に不安なことを考えると底なしに不安な感情が湧いてくることもあります。特にビジネスパーソンであればこの集中力の増加、底なしの感情というのが諸刃の剣であることはよく理解できると思います。今から眠りたいのに「明日のアポが全部キャンセルになったらどうしようか」とか「来月から全ての契約が切れたらどうしようか」なんて、まず起こり得ないことを考えている様ではロクに眠れませんし、眠れたとしてもそこに待っているのは文字通り悪夢でしょう。

 ところで自律神経系とは先述の通り、automaticなものです。宇多田ヒカルさんのデビュー曲にして今も語り継がれる『Automatic』をご存知でしょうか。この名曲は、”声を聞けば自動的に Sun will shine“とか、“It’s automatic 側にいるだけで その目に見つめられるだけで、ドキドキ止まらない”とか、大好きな“君”のことで“automatic”に反応が起こるということを歌ったお洒落なラブソングなのですが、まさに自律神経系の働きを歌ったものと言ってもよいでしょう。

 冗談はさておき、自律神経系とは読んで字のごとく自律的に交感神経と副交感神経でバランスを取っているわけですから、これまで述べてきたように交感神経が優位な状態が長く続けば副交感神経を優位にしたいとの働きかけがなされるはずなのです。ありがたいことに私たちは外敵に襲われるような環境にはいませんから、何かしらの手段を使えばそれで良いということになります。代表的なものは消化です。消化液を出せば副交感神経が優位になるはずだとすれば、どうすればいいのでしょうか?そうです!食べればいいのです。これが食べ過ぎの正体の一角。イライラや不安で高ぶった神経を落ち着けるべく、何かを食べる。でも厳密には交感神経優位が続いているので消化不良が起こる。残念ながら消化されなかったものが体内に蓄積して太る……というなんとも分かりやすくも悲しいストーリーです。しかもそれをスマホでSNSなんかを見ながらやってしまったらどうなるでしょうか?もう目も当てられない展開、ディストピアです。他にもお酒やセクシャルな行動も近いものがあります。

 でも自律神経系は外的な要因でも働くとするならば、外的環境を整えれば大丈夫かもしれないという考え方も可能です。要は自分の生活を整えていくことです。それは食事で言えばやはりよく噛むことです。イライラに任せてドカ食いしてはなりません。噛めば消化液(唾液)が出るのですから、まずここから始めましょう。そうすれば後は身体が自動的に善くしてくれます。繰り返しになりますが、口の時点でどうするかが重要です。他にも行動から副交感神経を優位にすることが可能です。要はリラックスできる状態を作ればよいのです。アロマや香を焚くこともおすすめですし、ゆっくりお風呂に浸かるのも有効です。最近はシャワーで済ます人も少なくありませんし、多忙なビジネスパーソンならそれは当てはまる話かもしれません。入浴には様々なメリットがありますので最初は面倒かもしれませんが(まさにこれもホメオスタシス)、まずは時間を問わず湯船に浸かるという習慣をつけてみましょう。他にもリラクセーションミュージックを聴くとか、自然音をBGMとして活用するとかいった工夫も効果が期待できます。

 そして実は積極的に身体を動かす習慣こそが、自律神経系の働きを整えるうえで非常に有効な手段であるとされています。これは何もハードな筋トレや息が上がるようなランニングをしろと言っているのではありません。毎日できる体操の様な運動やウォーキングで十分です。この点については今回のテーマとは密接に繋がりがあるものの、少し論点が異なりますので、また別の機会に詳しくまとめたいと考えています。

 交感神経と副交感神経という自律神経系の基本を知っておくことで、適切な消化吸収を促す事が出来ます。多忙な人ほど蔑ろにしがちかと思いますので、是非日常の中で工夫をする様にしてみて下さい。

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