7.月世界にて

 燃えたようなオレンジ色に包まれた空が見えた。

 体の節々が痛い、気がする。立ち上がって自分の様子を確認すると、魔法陣の発動前は着ていなかった学生服をしっかり着込んで、傍らに鞄が落ちている。頭の後ろの方に手をやると、髪の毛は短く、前髪の色は濃い茶色だった。

(元の通りだ)

 理解して周囲を見渡す。サトウが元通りであれば、ヒイロもこちらに戻って来ているはずだった。

 道の端に、体育座りをしているヒイロを見つけた。鞄は放り出されたままで、見える範囲に外傷はない。サトウが「一色」と呼びかけると、ヒイロは胡乱気にこちらを向いた。

 覇気がない。落ち込んだ調子で、「さとう」と小さく名前を呼ばれる。サトウは自分の鞄を拾い上げるついでにヒイロの鞄も持つと、「大丈夫か」と続けて問うた。

「お前……俺は……」

 何かを言いたそうに、ヒイロが口ごもる。サトウは気づかなかったふりをして、「びっくりしたなあ、さっきの光」と言葉を遮った。

「急に光ってびびったわ。お前、怪我とかしてない?」

 ヒイロはサトウの顔を見上げた。じっと、瞳の奥が揺れている。

 サトウは震えそうな左手をごまかしながら、「ほら、怪我がないなら立てよ」とヒイロの腕を取った。強引に立ち上がらせて、腹に傷も、血の跡もないことを確認する。

「お前は……」

「何?」

 口を開いて、閉じて。ヒイロは結局言葉を飲み込んだようだった。

「なんでもない」

「そう? さっさと帰ろうぜ」

 もうこんな時間だ。腕時計を見れば、“召喚”された時間から数分経過したところだった。文字通り、“元の通り”になったらしい。

(それでいい)

 サトウはヒイロを気にせず歩き出した。数秒遅れてヒイロが続く。気にしたように腹をさするヒイロの姿に、得体の知れない満足感を得て、サトウは口を閉じる。

 隣に並んだヒイロが、「何笑ってんだよ?」とサトウを訝しんだ。サトウは「何も」と答えると、それきり、もう、何も言わなかった。

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