こうまのあらし

相田舞

こうまのあらし

こうまのあらし

ていていていのよっこいせ

こうまのあらしは水を呼ぶ


この村に伝わる唄だ。

この唄に意味なんてないと思ってた。


元々俺の家は少し変わっていた。

昼間は小さな商店をやっているが、満月の夜には親父も母さんも2人で出かける。何をしに出かけているのか全く分からなかった。


それは10歳の誕生日のことだった。その夜は綺麗な満月だった。

「ついてきな。」

じいちゃんに言われて、外に出る。

「ていていていのよっこいせ こうまのあらしは水を呼ぶ」

じいちゃんはそのときもこの唄を歌っていた。

「ねえ、どこに行くの?」

夜道を歩きながら訊いてもじいちゃんは微笑むだけだった。


じいちゃんが歩くのをやめた。そこは家から少し離れた泉だった。母さんと親父も居た。

「おお、来たか、ミズキ。」

「親父!?」

親父はいつも通りニカッと笑った。

「それじゃ、始めるぞ〜」


ていていていのよっこいせ

こうまのあらしは水を呼ぶ

今夜はまあるい満月だ

こうま様のお通りだ


じいちゃん、母さん、それと親父が一斉に唄を唱えた。


「よお〜、待ちくたびれたぜ~」

夜に誰かの声が響く。

次の瞬間泉から若い男が出てきた。


碧くて大きな眼白くふさふさとした髪の毛から碧い角が覗いている。ニヤリと笑った歯は白くて牙のように尖っている。

不思議な模様の和服はぶかぶかで体は華奢なんだろう。


げん〜!1ヶ月ぶりだな!お、今日は坊主も連れて来たんだな!」

「荒魔様!」

こうま、、、?親父と知り合いなのか?

「よお、坊主!初めましてだな!」

荒魔はまたニカッと笑った。

「ほら、あんたも自己紹介しな。」

母さんにそう言われたが、正直、事態が飲み込めない。

「み、ミズキ、です?」

「お、坊主、ミズキっつーのか。いい名だな!」

これが俺と荒魔の出会いだった。


「おい、何呆けた顔してんだよ。」

荒魔は白い歯を見せた。夜空に浮かぶ満月のような白い歯だ。

これが荒魔の勤め。

ここの土地はもともと水害が多かった。その水害を起こしていたのが、目の前にいる荒魔だ。彼はこの土地に住み着いている精霊というものだった。

これはあの夜、、、10歳の誕生日に知ったことだが、俺の家系は精霊と話ができるらしい。馬鹿げた話だ。でも、俺が荒魔と話せているということは、、、事実なんだろう。

とにかく、俺の先祖が荒魔と話を付けた。その結果、、、荒魔が水害を起こすのは、寂しかったから、らしい。荒魔はずっと昔からこの泉に一人で住んでいた。だから、誰かに気づいてほしくて水害を起こしていたんだとか、、、

そこで、精霊と話すことができる俺の家系の代々がこうやって月に一度、満月の夜に荒魔の話し相手になってやってる。

「ほんとに行っちまうのか?ミズキ。」

荒魔は少し悲しそうな顔をして尋ねた。荒魔のすぐ感情を顔に出す、子供っぽいところが俺は好きだっ

「うん。そうだよ、、、」

俺はコイツと8年間連れ添ってきた。

荒魔は人間界の話が好きで、俺はよく学校であったことや友達のことを話した。荒魔は先祖から聞いたいろんな話をしてくれた。

気が付けば、俺らは親友みたいな仲になっていた。

月に一度しか会わないけれど、お互いになんでも話せた。

でも、それも今日でお終いだ。

俺は来月、大学進学を機に上京する予定だ。だから、今晩は荒魔と会える最後の夜。

「寂しくなるな、、、」

俺は目を伏せた。悲しそうな荒魔の顔が何となく見てられなかったからだ。

「渡したいものがある。手を出せ。」

そう言って荒魔はにやりと笑った。

言われたとおりに手を出すと、荒魔は掌の中に何かをそっと置いた。

「俺様知ってるぞ。それ、ニンゲンの世界のまじないなんだろ?」

手を開くと、それはミサンガだった。水色で文様が刻まれた小石が編み込まれていた。

「願いが叶うと千切れるんだろ?その石には護りの力を込めたんだ。ほら、俺様とおそろいだ!」

そう言うと荒魔は自慢げに手首を見た。そこには俺がもらったのと同じミサンガがついていた。

「ありがとう、荒魔。これ一生大事にするよ。」

そう言って俺はそのミサンガを左手首に結いつけた。

「また会いに来てくれるよな?」

「もちろんだよ!」

満月の夜に2人の笑い声が響いた。


――――――――――


それから月日が流れた。

俺は妻と子供のいるごく普通のサラリーマンになっていた。実家のヘンテコな習わしも忘れて、忙しい日々を送っていた。

その朝までは。

梅雨のある朝、俺はぼーっとテレビのニュースをみていると、信じられないニュースが目に飛び込んできた。

俺の故郷が大規模な水害に遭ったというニュースだった。

そのニュースを見て、実家の母を案じるより前に荒魔のことを思い出した。なんで今まで忘れていたんだろう。3年前、親父が急逝してしまった。その時も思い出せなかった。

俺は日々の忙しさで、大切な親友との約束も忘れてしまったのか。


その1か月後、俺はあの泉へと向かった。大きくて白い満月が道を照らしていた。

ていていていのよっこいせ

こうまのあらしは水を呼ぶ

今夜はまあるい満月だ

こうま様のお通りだ


荒魔が泉から姿を現した。

彼は俺を睨みつけていた。

「荒魔、、、」

次の瞬間、荒魔は顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。

「ミズキーーー!!」

俺に抱きついてくる。

「ミズキ!会いたかったよぉー!俺様、ずっと待ってたんだよぉ!」

「ごめん、荒魔。ほんとにごめん。」

「幻は死んじまうしよお。俺様、ずっと一人で、寂しくて、、、村を滅茶苦茶にして、、、」

荒魔は子供みたいに大きな声を上げて泣いた。大粒の涙が目から溢れてくる。

「ごめん、荒魔。俺、お前との約束も守れなくて、、、。これからはちゃんとお前のところに行くから。」

その後しばらく、俺たちは抱き合っていた。


――――――――――


「ていていていのよっこいせこうまのあらしは水を呼ぶ」

「どこへ行くの?父さん。」

手をつないで隣を歩く息子が訊いてきた。

「荒魔様のところだよ。」

あれから俺たち家族は俺の故郷に戻ってきた。俺は今でも満月の夜に荒魔の話し相手になっている。

今度は息子の番だ。

この少し変わった慣習は代々受け継がれていくだろう。受け継がれてほしい。

荒魔が寂しくならないように。


(こうまのあらし 終わり)

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こうまのあらし 相田舞 @Aimai-Sekai

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