第5話 恋の行方




 数週間後




 心なしかほっそりした鈴木さんが、告白しに来た。


 来た、のだが。


 ロケーションはここ、バイト先の薬種屋。


 そして鈴木さんのはにかんだ笑顔が向かう先は――。


「大変申し訳ございませんが、お客様のお気持ちには応えられません」


 なぜ! どうして! 山羊あくまなのか――!


 妙にスッキリした様子の鈴木さんを見送った後、山羊は何事もなかったかのように薬棚の管理チェックを始めた。


「成海、手が止まっているぞ。依頼が一つ完了したんだ。さっさと日誌を書け」


 確かに優しで、真面目と言っていた。山羊と話したことがないから、そういう言い回しをしていたのか。


 本についてもそうだ。自分が借りてきた本は、そのまま山羊へと渡っていたのだ。カウンターで読んでいるところを、外から見ていたのだろう。


「あー……今すぐ消えたい」

「協力してやろうか?」


 冗談が通じないのが、山羊という悪魔なのだ。その証拠に、もう人の首筋に刃物を押し付けてきている。これは普段厨房にあるはずの、葉を刻む用の包丁だ。


 今日は抵抗する気もありませんよ、と伝える代わりにため息を吐くと、山羊はようやく包丁を消してくれた。


「人間の恋や愛は理解に苦しむな」


 あごに手を当てている山羊は、珍しく嫌味のない調子でそう呟いた。


「先週、鈴木さんにかけた最後の言葉……あれは嘘だったんですか?」


 あの言葉に、鈴木さんは少なくとも背中を押されたように見えた。


『あなたはすでに魅力的な女性だということを、どうかお忘れなく』


 今になって思えば、好きな相手に言われたから、ああいう反応をしただけかもしれないが。


 山羊はバインダーにペン先を走らせながら、「嘘ではない」、と小声で言った。「ただし悪魔に愛は理解できない」、とも。


「山羊さん。あなたは本当は、人を理解するために人界で薬種屋を始めたんですか?」


 ペン先の音が止まった。


 こちらを振り返った悪魔の、琥珀色の瞳が丸くなっていく。


 これは――。


「あと1分以内にその日誌を書き終えなければ、今日の賃金はカットだ」

「はぁー!?」


 山羊はすっかり人を挑発する笑みに戻っている。


 労基法に違反する、などと反論しかけて、この悪魔には人界のルールなど関係ないことを思い出した。


 不本意ながらも手を動かすことに集中して、山羊のメモを元に何とか時間内に日誌を書き上げることができた。


 誤字脱字その他諸々気にするものか――!




 202X/06/30 1.「恋の病」


症例)16歳女子。学生。最初はカゼ薬を求めて来店。液状の魔生物「ゾウリさん」によって、来店した真の目的が明らかに。好きな人に告白するためやせたいと。


診察)中肉中背。色白でしっとりした肌。白いのり(?)がついた舌。汗をかきやすい。共働きの父と母、本人の3人家族。昼は買い弁がほとんどで、食欲小。


処方)1.やせる薬。むくみや肥満改善に効果あり。

(「やせる」という言い回しは法的にマズイ気がするので、別の名前を考えてください!)

   2.特別な薬。近くの相手に軽い多幸感を与えて、好意を抱かせる。

(人間に出すのは、今後一切やめてください!)


薬以外の指導)

・シャワーではなく湯船に浸かること

・同じ姿勢をキープしないこと

・時々膝裏のツボを刺激すること


所感)見る限り、1の薬は体質に合っていたようだ。クラスメイトに「少しやせた?」と話しかけられている鈴木さんを、ここ最近何度か見た。結局、恋は叶わなかったが。

 山羊さんいわく、恋の病に効く薬は「自信」をつけることらしい。

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悪魔系薬師の症例日誌 ~しがない人間助手がお送りします~ @tokotoko_sn

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