不気味の谷の日記帳

群青更紗

第1話

 他人の日記を見たことがあるか。私はある。罪悪感は無い。断言する。全くない。むしろ嫌悪感しか無い。

 見るつもりは無かった。そもそも「見る」という発想が無かった。だからいきなりそれを見る羽目になり、心底驚いた。克明に記されたそれは、「神経質」という言葉が人間の姿となってペンを取ったような文字と並びで綴られており、美しさを通り越して恐怖心を湧き起らせた。もしこの日記が人の姿を取るなら「不気味の谷」の表情をしていたことだろう。


 1月1日(金)初詣。おみくじは吉。お守りを買う。

 1月2日(土)終日自宅。オンライン飲み会。

 1月3日(日)夕方に買い出し。食材、生理用品。

 1月4日(月)終日自宅。スポーツゲームによるフィットネスをいつもより多めに。 早寝。

 1月5日(火)仕事始め。帰路で初売りの名残を冷やかす。

 1月6日(水)ランチを地下街まで足を延ばして。

 1月7日(木)残業。溜息多し。

 1月8日(金)夕飯を外食で。ビールを1杯飲む。

 ……。


 普通の日記だ。そう、文字にすればシンプルな、メモのような日記だ。感情も感想も殆ど無い。これが約3年分。立派な革張りの、装丁の美しい日記に、万年筆で記されていた。

 愛する家族や恋人の日記なら良かった。想い人の日記なら、罪悪感と恍惚とをせめぎ合わせながら読んだ。著名な人物の記念館の展示なら、感傷に浸りながら読んだ。これはそのどれでもない。どれでもない。どれでもないのだ。

 ――死刑になれ。


 山田巡査部長は、そう願わずにいられなかった。


【30代女性にストーカー行為疑い 元交際相手を再逮捕】

 ●●署は30日、ストーカー規制法違反の疑いで●●町自称会社員、井中河津容疑者(25)=殺人未遂で起訴=を再逮捕した。

 再逮捕容疑は、昨年2月11日ごろから3月14日までの間、過去に交際した30代の女性に、女性の生活記録を記した日記3冊と「あなたには教育が必要である」という趣旨の手紙を送って面会や交際を要求し、女性宅付近をうろついたり待ち伏せしたりした、としている。

井中容疑者は昨年4月29日午後9時59分、■■町会社員の元交際相手の女性(32)の手や足などを刺し殺害しようとした疑いで、翌30日に殺人未遂容疑で逮捕。井中容疑者は取り調べに対し「包丁で刺したのは間違いないが、殺すつもりはなかった。と話し、容疑を否定していた。今回の再逮捕についても「彼女を教育するつもりだった」と容疑を否定している。(1日11:59)

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不気味の谷の日記帳 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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