ルイちゃんの観察日記
羽間慧
つぼみが咲く前に枯れちゃったよぉ
一学期が終わりました。
ルイちゃんは、おばあちゃんとおじいちゃんの家に行くことを、それはそれは楽しみにしていました。お盆に連れて行ってもらえるよう、夏休み初日から宿題に取り組んでいました。
読書感想文も、自由研究もバッチリです。応援している球団について、夢中になって書きました。
読書感想文に選んだ本は『東京ピヨピヨズ球団マスコット・ピヨ蔵の流儀』。サングラスをかけた、黄色のもふもふの表紙が目印です。
あるときにはグランドを駆け回り、またあるときには焼き鳥を売り歩く。そんな彼は来場するファンの笑顔のため、また来たいと思う球場作りに奔走しているようです。
自由研究は、東京ピヨピヨズのスカウトがどんな風にお仕事をしているのか。選手を支える裏方について、新聞記事や選手の書いた本を読みながら文章にまとめました。
絵の宿題は、球場で見た打ち上げ花火。ルイちゃんの推し活が反映されている宿題を、先生はにこにこしながら見るに違いありません。
宿題の進捗は順調でした。その日の朝までは。
☀️☀☀
「ルイちゃん大変よ。観察日記のアサガオが」
回覧板を渡しに行っていたルイちゃんママが、リビングの窓を叩きました。扇風機の前で寝そべっていたルイちゃんは、慌てて飛び起きます。抱きしめていたピヨ蔵クッションがピィと音を立てました。
すぐに外へ出ると、アサガオの葉がうなだれているではありませんか。元気がない証拠です。
ルイちゃんは人差し指で土に触れました。
「ママ、お水が足りないのかな?」
「そうかもしれないわね。いつもより多めにあげましょう」
元気になあれ。元気になあれ。
おまじないも一緒にかけました。
七月二十日(はれ)
お昼すぎ、アサガオが夏バテになっていました。お水をあげたので、元気をとりもどしてほしいです。
この日の観察日記は、そう書きました。次の日も、たっぷり水をあげました。
翌週になると可愛らしいつぼみは三つに増え、ルイちゃんは大はしゃぎ。
一体どんな色の花が咲くのでしょうか。期待が膨らみ、水やりの回数は朝と昼の二回になりました。
ところが、つぼみが咲く前にアサガオは枯れてしまいました。根腐れの状態です。ルイちゃんは頭を抱えました。
「どうしよう。全然書けていないのに」
観察日記の残りページは、まだまだあります。途方に暮れたルイちゃんに、ママはこそっと囁きました。
「植物マスターに相談しましょう」
ルイちゃんは涙を拭いて頷きました。
ママはルイちゃんと鉢を連れて、おばあちゃんおじいちゃんの家に行きました。色とりどりのアサガオが今年もつぼみをつけています。
「助けて、おばあちゃん! おじいちゃん!」
膝に抱きつくルイちゃんに、おばあちゃんとおじいちゃんは顔を見合わせます。差し出された植木鉢に、二人は目を丸くしました。
「あらまあ! ルイちゃんも?」
「ダイヤは水をあげなさすぎて枯らしていたが。親子揃って植物の扱いが苦手なんかねぇ」
「だって、サボテンは水がない場所でも生きられるでしょう? 熱さに強い植物だもの。空気中の水分を吸収してくれるに決まっているわ」
むくれたルイちゃんママを、おじいちゃんは呆れた顔で見つめていました。
「ルイちゃんや。夏場の水分補給はとーっても大事なことなんだよ。ピッチャーは投球中に脚をつらないように、大きなボトルを飲み干しているんだ」
「あなた、とんちんかんなことを言って。このアサガオは水を飲み過ぎたのよ。なんでも野球に例えるのはやめてちょうだい」
おばあちゃんは、アサガオの鉢を日陰と日向の間に置きました。
「しばらく、うちで様子を見るわね。毎朝スマートフォンで写真を送るから、ルイちゃんはそれを見ながら日記を書いてちょうだい」
「うん!」
ルイちゃんはアサガオの葉っぱを軽く撫でました。リハビリがんばってと。
「ルイちゃん、アイスあるよ。ピヨピヨズの試合見ながら食べん?」
「食べるー!」
おじいちゃんの後を追うルイちゃん。おばあちゃんとルイちゃんママは、にっこり笑い合いました。ルイちゃんがいつ来てもいいように、おじいちゃんはアイスを買っていたのです。
お日様は、ひときわ眩しい光を投げかけました。
☀️☀☀
八月十日(はれ)
アサガオは、おばあちゃんおじいちゃんの家できれいな花をさかせました。今年はからせちゃったけど、来年リベンジします。としょかんで、さいばいの本を読んだのでバッチリです。
ルイちゃんの観察日記 羽間慧 @hazamakei
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