第15話 交わる剣
不吉とも感じられるほど鮮烈な赤色を宿したモリシゲの瞳は真っ直ぐにウォンジュンを見つめていた。荒々しく息を吐く口はニヤリと歪み、地につけられた左手と両足は今にも駆け出さんと地面を踏みしめている。
「シゲさんのこと、まさか殺すの…?」
金髪の少女と少年を自分の背に隠しながら聞くシャンユンに、ウォンジュンは「殺さないよ」と返す。
「友達を殺すわけ無いだろ。大人しくさせついでに手合わせしてみるだけだよ」
「でも最悪の場合…」
「そんなもん考えるな」
ウォンジュンは一気に駆け出した。モリシゲも同時に駆け出す。
真正面から振り下ろされたお互いの刃がキンと音を立ててぶつかり合い、ウォンジュンの身体が吹き飛ばされた。
「怪力じゃん」
モリシゲの圧倒的な力にウォンジュンは笑いながら身を起こしたが、モリシゲはウォンジュンのすぐ目の前まで迫り真上から血吸を振り下ろしていた。受け身を取る間も与えぬ連撃だったが、ウォンジュンはすぐさま横に身を転がして回避しモリシゲの背後に回った。そして曲剣を振り上げようとしたところでモリシゲに蹴飛ばされてしまった。
「お兄さん押されてるぞ!」
「死ぬなよ!」
「殺しもするなよ!」
「ちょっと黙ってて!」
野次にも近い声援を浴びせるシャンユン達に怒鳴りつけながらウォンジュンは起き上がった。心臓が早鐘を打ち、心の底から昂りを感じる。ウォンジュンはモリシゲとの戦いを楽しんでいた。
ウォンジュンはデハンミングにいた頃、剣術の試合で一度だけ追い詰められたことがある。相手は自分よりも位の低い武官の青年で、臆病な性格ゆえに周囲から腰抜け呼ばわりされていた。
しかし臆病者という生き物は誰よりも慎重である。青年はウォンジュンの剣撃を正確に防ぎ、ここぞという所で反撃をしにかかった。
長い打ち合いの末、集中力が削げた青年の脳天をウォンジュンが打ったことで試合は終わったが、その後しばらくウォンジュンは高揚感が止まらなかった。一筋縄で相手を仕留められないことがこんなに楽しいものかと打ち震えた。
モリシゲとの戦いには、当時によく似た高揚感を感じていた。
「ウォンジュンさん!」
我を失っていたウォンジュンはいつの間にか仰向けに倒されていた。視界にはポッカリと浮かぶ丸い月と、息を荒げた獣のような大男。
死んだわ。馬乗りになった大男─モリシゲの汗がポタポタと顔に落ちてくる冷たさを頬に、額に感じながらウォンジュンは死を待った。こんなに楽しく戦った末に死ぬんなら良いかと半ば清々しい気持ちになりながら。
「ウォンジュン君。ウォンジュン君は俺の力をどう思った?」
突如降り注いだ声に、ウォンジュンは眼前の男の顔をまじまじと見つめた。モリシゲの顔を涙が伝っている。
「血吸で手に入れたこの力は悪いものなの?ウォンジュン君もそう思うの?」
盗賊が連れてきた老爺から放たれた言葉が、殺戮に至らせるほどにモリシゲの幼く繊細な心を傷つけてしまったらしい。妖の恩恵にあやかって強さを得ることを"邪道"とした老爺の言葉が。
老爺の考えはウォンジュンからしてみれば古臭く視野の狭いものだ。刀を抜いたモリシゲを初めて目の当たりにした時にもウォンジュンが考えていた通り、彼にとって妖の恩恵は意識さえすれば自分の技として吸収できるものだ。そして何より、選ばれた者にしか与えられない特別でカッコいいものなのだ。
「シゲ。血吸の力は悪いものじゃないんだよ。シゲだけに与えられた特別なものなんだよ。意識して使えばシゲ自身が立ち回りを覚えることにもなるだろうし…とにかく、他の人達が何と言おうと血吸はシゲの大事な武器だよ」
ウォンジュンはモリシゲの頬を撫でてやった。モリシゲの慟哭が村中に響く。
その慟哭は大の男が発しているにも関わらず、幼子から発せられるようなあどけなさが感じられた。
その後、自警団の若者達や屋内に避難していた村人達により盗賊達の死体は片付けられた。皆異様とも思える程慣れた手つきで死体を回収していたが、いわく「昔からこの村にはよく盗賊が乗り込んできていたから」だそうだ。
「理想は生きたままお役人に突き出すことなんだろうけど、私達はそんな器用なことできないからね。村の脅威は殺してでも排除せよってね」
長閑な村にも闇はあるらしい。平然と死体を運び出す村人達を恐ろしいものでも見る目で眺めていたウォンジュン達は、自警団の若者達から「お兄さん達はお宿でゆっくりしていって」と促されていそいそと宿へと戻った。
放浪剣士の適当な旅路 むーこ @KuromutaHatsuro
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