第14話 力は放たれ

少年に手を引かれて宿を飛び出したウォンジュンの前には地獄が広がっていた。

殆ど日が落ち鬱蒼とした石造りの住宅街に横たわり、身体を押さえて呻いている人々がいる。彼等は動物の毛皮を纏い、手に斧やら棍棒やらを握っている。街道で出くわした盗賊達だ。


「コイツら、仲間を連れて仕返しに来たんだ」


「そのくせ返り討ちに遭ってるようだけど。君達がやったの?」


「いや、あの人達」


そう言って少年が指差した先、一際大柄な盗賊が横たわるそばで金髪の少女とシャンユンが手を振っていた。それぞれの手には血の付いた棍棒。

癒し女として10年間を寺院の中で過ごしたとは思えない凶暴さにウォンジュンは震えたが、ふと少年の頭に目を向けた。少年は自身の額から流れる血に気づくと「兄さん達を呼ぶ途中で転んだ」と言った。


「わかるけど一応聞いとくね。誰?」


シャンユンがウォンジュンの頭を指して尋ねた。

そういえば髪を解いたまま外へ出てしまったのだっけ。ウォンジュンは長い黒髪を頭の後ろでまとめつつ「ウォンジュンくんです」と返した。


「全部2人でやったの?」


「自警団の子達と力を合わせてね。『女と子供しかいない』ってナメてくれたから倒しやすかったわ」


「そしたらコイツらの連れてきた用心棒に自警団の大半がやられちゃったんだけどね…」


少女が背後を振り返る。

往来の向こう、石畳をカツカツと踏み鳴らしながら迫る襦袢姿の老爺がいる。後ろで1つにまとめた長い白髪を靡かせ、右手に蛇矛を携えている。

老爺の足下には盗賊達と同じように横たわり呻いている少年少女達。十数人はいるように見えるが、その全てを老爺が1人で倒したらしい。


「そこの黒いの。お主、得物は"血吸"か?」


老爺がモリシゲを指して問う。得物こそ違えど、武術を究める者として妖刀の噂は耳にしているらしい。

老爺の問いに対しモリシゲが怪訝そうに「そうだけど?」と返すと、男がハッと嘲るような笑みを浮かべた。


「おのれは自らを鍛えるでなしに、妖魔へ魂を売り力を得たというわけか。剣士として邪道の中の邪道なり。ここで斬り捨ててくれるわ」


老爺が蛇矛を構えた。半身をずらし、両手で握った矛の刃先をモリシゲへ向ける。

この老爺のように血吸を邪道と捉える武人は少なくない。しかし使い手を殺めてまで否定する気持ちはウォンジュンには理解できない。

ウォンジュンはモリシゲに加勢すべく曲剣を抜いた。すると目の前にモリシゲが立ちはだかった。


「シゲ?」


「ウォンジュンくんは来ないで」


ウォンジュンの首にモリシゲの手が巻かれた。頭がボンヤリとして、次第に視界が暗くなっていった。






「起きて!ウォンジュンさん起きて!」


自分を呼ぶ悲痛な声音と肩を叩かれる痛みで我に返ったウォンジュンは絶句した。

まず眼前に老爺の死体があった。上半身と下半身が分かれ、血の池を生み出していた。

老爺の周囲にも死体が転がっていた。腹を掻っ捌かれたり首が無くなっていたり、無惨な姿になった彼等はいずれも毛皮の外套を羽織っている。


「シゲさんがあんな化け物だなんて聞いてないわよ…」


ウォンジュンのそばにしゃがんでいたシャンユンと少女の表情に焦りが窺える。

ウォンジュンがモリシゲから絞め落とされた後、モリシゲは瞬く間に老爺を殺してしまったらしい。右手に血吸を握り、左手と両足で獣のごとく地を駆けて老爺の前まで踏み込み、血吸を一振りしたのだと。

まるで物怪のような動きにシャンユンと少女は唖然とし、声をかけることもできずに立ち尽くした。そのうちモリシゲは血を見たことによる高揚感からか、起き上がった盗賊達を次々と斬り捨てながら住宅街を駆け抜けていったのだという。


「ウチらや自警団は見事に無視してたからある程度の理性は残ってるんだと思うけど…」


「探しに行かないとね」


ウォンジュンは立ち上がり、衣服に付いた土埃を払った。

直後、背後から獣のそれにも似た咆哮と共にドンと地を踏む音が響いた。


「…探すまでも無かったね」


血吸を携えた四つ足の獣に向けてウォンジュンは曲剣を構えた。身体の震えを武者震いであると言い聞かせて。

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