第13話 お互いの秘密
ウォンジュンは誰かと入浴をすることを恐れている。男の裸体を前にするとつい目のやり場に困ってしまうのと、髪にコンプレックスがあるからだ。
団子状にまとめ上げたウォンジュンの髪を解くと、荒れた海面のごときうねりを持った長い黒髪が現れる。真っ直ぐに伸びた髪こそが美しいとされるデハンミングではあまりに恥ずかしいもので、ウォンジュンは深夜に湯浴みをしたり髪に強い熱を当てたりしながら何とか誤魔化してきた。
俺はこれからもずっと自分の欠点を誤魔化す人生を送るのだろうか。髪質ひとつで仲間を欺いて、心を消耗して。俺が逃げ出したかったのはそういうことを含めたしがらみだらけの生活じゃないのか。
黄土色の土壁に囲まれた客室の中、3台並んだ寝台の中心に腰掛け、背負鞄から引っ張り出した寝間着を膝に乗せたまま考えに耽るウォンジュンの肩が軽くトントンと叩かれた。見回せばすぐ背後に神妙な表情を浮かべたモリシゲの顔。
「あぁシゲ、どうしたの」
「ウォンジュン君お風呂いつ入る?」
「あぁー…」
見渡せばシャンユンの姿が無い。先に温泉に行ってしまったらしい。
髪のことを打ち明けるか、それともモリシゲを先に入らせるか。目を泳がせるウォンジュンの前で、唐突にモリシゲが深衣を脱ぎ始めた。
「なになになに!?」
突飛な行動に目を剥くウォンジュンをよそにモリシゲは肌着も袴も脱ぎ散らかす。
そうして現れた筋骨隆々の肉体は赤黒い痣に染められていた。右首筋から胸筋、右腕の広範囲。左の脇腹。両腿から足先に至るまで斑に。ウォンジュンと出会った当初にモリシゲが話していた痣だ。
「もし見るに堪えないならお風呂は別々に入ろう」
モリシゲが声を震わせて言う。
彼も他人との入浴について恐れを抱いていたらしい。自分を不具者と呼ばせた忌まわしい痣を、これからずっと共にいるであろう相手に見せることを想像して。
「…見せてくれてありがとう。俺も教えておくことがあるんだ」
ウォンジュンは髪をまとめていた網巾を外した。なだれ落ちる黒髪がバネのように量を増していき、海藻を海から引き揚げて集めたような様相を見せる。脂によるてかりも手伝ってよりそのように見える。
「髪がウネウネしてるの、見せるの恥ずかしかったんだ」
「そうなの?可愛いのに」
"可愛い"。モリシゲが何気なく放った言葉がウォンジュンの心を打った。次第に胸の辺りが温かくなっていく。
ウォンジュンが渇望していた言葉を、しかし男という性別ゆえにかけられてこなかった言葉を、モリシゲがいとも簡単に吐いてしまった。まるで当たり前とでも言わんばかりに。
「んもぅ〜」
ウォンジュンは思わず満面に笑みを浮かべた。
「シャンユンさん戻ってきたら2人でお風呂入ろうか」
「ん、うん」
モリシゲの目が大きく見開かれた。口は何か言いたげにパクパクと動いていたが、やがて真一文字に引き結ばれ、頬を雫が伝った。
俺達はお互いに救われたらしい。ウォンジュンの目の奥がジワリと熱くなる。
そこへ唐突に客室の扉が開かれた。その先には息を切らした自警団の少年の姿。
「兄さん達、悪いけど手ェ貸して貰って良いか」
少年の額から血が流れている。
有事を察したウォンジュンはモリシゲと顔を見合わせ、大きく頷いた。
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