第129話


『なら、全員……っ首置いてけ!!』


 そのまま、突っ込む。

 前へ、先へ、止まらずに。

 跳躍。

 先陣を切って突っ込んできた大盾の獣人の額に、膝蹴りを食らわせる。


「ぎゃがっ!!」


 被っていた兜ごと顔面を凹ませ、着地。

 飛び込む。敵の群、その、ど真ん中に。


「野郎っ、よくも、ベルモンを……!」

「囲い込んで叩けっ!」


 冒険者たちの言葉は続かなかった。その後の行動すらも。

 立て直す暇は、与えない。息を整える時間だって。


 斬撃、一閃!


「「「ぎゃっ、あああああっ!」」」

「「「うごっ、あああああっ!」」」


 人体を断つ感覚、命を砕く感触。

 冒険者たちは自分たちの身に何が起きたのか、分かる間もなく斬られていく。

 吹き上がる赤、吹き荒れる斬撃、吹き飛ばされる命。

 冒険者たちを殺す【名無し】の剣士の口元は、和らいでいた。

 一刀のもと、二人斬り捨てる。

 後ろに回り込もうとしていた一人も、また同じく。


『……ああ、これだよ、これ』 





「フフフ、フーフフフフフ! 欲ボケした冒険者どもめ。まるで、甘い匂いにおいにつられてウツボカズラの中に飛び込んでいく、羽虫ではないか!」


 一挙からの一撃、一動からの一太刀。それら全てが、絶殺の剣技。

 躊躇うことなく冒険者たちを斬り捨てていく【名無し】の剣士を、ディスコルディアは上空で見物していた。

騎士ドラウグル】へと転生したことで、もともと高かった戦闘能力が底上げされている。

 しかし、話はそれ以前だ。

【名無し】の剣士の戦いぶりは、あまりに洗練されてた。

 相応の実力者である冒険者全員を、上回っている。

 それを、真っ向から斬り捨てていく。


「フーフフフ……」


 蕩ける蜜のような、甘い毒のような眼差しで、ディスコルディアは【名無し】の剣士を見ていた。


「しかし、我が【騎士ドラウグル】【名無し】の剣士……相変わらず、この【魔神】ディスコルディアの期待をいい意味で裏切ってくれる! このこのこのこの……い奴め!」


 しかし、ディスコルディアの幸せな時間が長く続くことはなかった。


「なーに、にゃんにゃんにゃんにゃん騒いでンだよ、我が同胞たる【魔神】ディスコルディア。発情期ですかー、テメェ実は三毛のデブ猫かロシアンブルーだったんですかー!」


 明らかな嘲りの声。ただし、若干引いてる感じがあるようなないような。


「…………」


 感情のプライベートスペースに土足で踏み込まれた怒りと、相手に気付けなかったことへの羞恥に、ディスコルディアのこめかみが、びきびきっと嫌な音を立てて引きつった。


「この……セミの死骸の上で踊る溌剌とした冬虫夏草の如き者め、一体なんの用だ?」

「なんだよ、セミの死骸の上で踊る溌剌とした冬虫夏草って!? 想像すると、気っ持ち悪ぃな。つーか、オレをそんなものに例えるな」


 振り返れば、そいつはいる。モスグリーンの軍服姿の少女、【魔神】ミスラが。


「やかましい。我が同胞たる【魔神】ミスラの所業は、この例えに匹敵する気持ち悪さだろうが。今この時無防備な、この【魔神】ディスコルディアを盗み見するなど」






 夢を見ているのかもしれない、と――全身ライオンの獣人の冒険者、トマージは思った。

 ただの夢ではなく、悪夢だ。とびっきりたちの悪いやつ。

 視線の先で繰り広げられるそれは、まるで、情熱的な激しい舞踊のようだった。

 舞踏は舞踏でも、鏖殺の舞踏だが。

 斬撃が、解き放たれる。

 血風が、吹き上がる。

 強き者も弱き者も、男も女も、人間も獣人もエルフも関係なく。

 等しく、全てを、真っ向から。

 その身を、その命を、その魂を。

 デッド・スワロゥは、斬り捨てる、消し飛ばす、打ち砕く。


「畜生っ! お前っ! よくも!」

「う、うわあああっ!!」


 冒険者たちは、総崩れに崩れた。

 今や、立っているのは数えるほどの人数しかいない。全滅は、時間の問題だ。


「駄目だっ、勝てるわけがないっ!」

「逃げろっ! 逃げろっ!」


 ここに至って、ようやく自分たちが決して敵わぬ存在に手を出してしまったことを悟ったらしい。背を向け、逃げ出す者が出始めた。


「待てっ! くそっ! 逃げるな、態勢を立て直すんだ! 待てっ、逃げるんじゃない!」


 なんとか、呼び止めようとする。

 だが、最早聞く者はいなかった。


「ちいっ!」


 トマージは、得物の大剣を握りしめる。

 その時、既にデッド・スワロゥはトマージの目の前にいた。

 いたぶるつもりか、日本刀は鞘に収められている。


「うおおっ!!」


 トマージは、咆哮した。大剣を握りしめ、構え――そのまま、横薙ぎ一閃。

 触れる全てを破壊する、剛剣。

 冒険者トマージ、渾身の一撃。


「もらったああああっ!!」


 砂塵を含んだ風が、吹き荒れる。

 大気すら破壊せんと振るった大剣は、デッド・スワロゥを圧し潰す。


「やった! やったぞ!」






 トマージは、歓喜に打ち震えていた。

 自身の一撃が、デッド・スワロゥを倒したのだ。

 賞金を、レア武器である日本刀を手にした自分の姿を想像し、トマージは頬を緩める。


「やった、デッド・スワロゥを倒し」


 トマージは、歓喜の声を叫ぼうとした。

 しかし、次の瞬間――


 斬ッ!!


「……えッ!?」


 それが口に出る前、刀が振り上げられる。

 その刃は右脇腹から入ると、斜め上方に走り抜けていった。


「なん、どうし」


 細く赤い線が、浮かび上がる。

 ずるり。

 次の瞬間、身体がずれる。

 自身の内臓と血が、地面にぶち撒けられる。






 鳩の血色ピジョンブラッドの隻眼を、限界まで見開く。

 ミスラは、確かに見た。

 その赤毛の男――同胞たる【魔神】ディスコルディアが【名無し】の剣士と呼ぶ【騎士ドラウグル】が、相手を真っ二つにするのを。


「……ッ!?」


 あの時、【名無し】の剣士は、上半身を傾けた。

 そうして、見切る。横薙ぎの一閃を。

 瞬間、抜刀!

 刃が、入る、右脇腹に。

 そのまま、斬り上げる、左肩かけて。

 流れるような、無駄のないもの。まるで、落としたリンゴを拾うよな、自然な動き。何気ない日常の一部のような。


「ウソっ、だろっ!?」

「フーフフフ、驚くのはまだ早いぞ、我が同胞たる【魔神】ミスラ」


 ディスコルディアが囁いてくる。


「まだ、終わっておらぬ」


 ばしんっ!


 弓の弦が、鳴った。

 見れば、弓を得物にする冒険者がいた。エルフの女だ。

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