第128話


「ドゥさん、ごめんなさい! ぼくは行きません!」


 謝罪の言葉が届かないことはわかっている。ドゥからの好意を踏みにじる行いであることも。


「ぼくは、あの方に、デッド・スワロゥ様に救われたんです!」


 奴隷であることから、ラガンの虐待から。

 なにより、理不尽な運命に縛られ続けることから。

 だから、デッド・スワロゥに報いなければいけなかった。

 冒険者たちが言うに、デッド・スワロゥは旧市街にいるという。

 危険を知らせなければいけない。

 シエルは、走る。

 しかし、唐突に――


「ゔぁっ!?」


 ――後頭部に、衝撃。

 強かに殴られたシエルは、思い切り吹き飛んだ。 唐突だったから、 受け身を取ることもできなかった。無様に転がる。

 その衝撃で、懐に入れていた巾着が落ちる。中身の金貨が地面に落ちて、跳ねてきらきら輝く。


「そんなに急いでどこに行くんだ、シエル」

「……!?」


 怖気が立った。聞き覚えのある声だったから。


「……あ、ああ……」


 震えながら身を起こしたシエルの前に、そいつは立つ。

 全身狼の獣人の冒険者、シエルを奴隷として支配した男。


「ラガン……!」

「様を付けろ、クソ奴隷が!」 


 威圧たっぷりの声で、怒鳴られる。


「丁度いい、賞金首デッド・スワロゥへの人質に使わせてもらうぜ。あの野郎、どうやらてめぇにご執心らしいからな!」






 蜻蛉を切り、後方に着地。


「デッド・スワロゥ!」


 追っ手に、四方を囲まれる。冒険者たちだ。冒険者ギルドで見かけた顔が、何人かいる。

 皆、ぎらついた目していた。目の前に積まれた金塊を見る、欲望の目だ。


「観念しろ!」


 叫んだのは、大剣を担いだ全身獅子の獣人の男。


「大人しく、縛につけ!」

「痛い目に遭いたくなけりゃあね!」


 嗤い声が、追随する。

 こちらは、エルフの女だ。弓を担いでいる。


「それとも、アタシらから痛い目に遭いたくて逃げているの?」

「ぶっはははっ! そうに違いねぇ!」


 品のない笑声が上がる。猿、蜂、豹の魔物を従えた、全身ネズミの獣人の男から。


「そういうわけだ。折角だから、みんなでいじめ倒してやろうぜ! この、分をわきまえない新人冒険者をな!」

「おいおい、今は賞金首だろ!」


 剣や槍を握る手。鈍く光る兜や籠手。金属鎧が軋む音。魔杖にはめこまれた輝石が煌く。上がる唸り声は使役される魔物たちのもの。

 それら全ての敵意が、【名無し】の剣士に向いている。


『ざっと数えて、50人。さて、どう切り抜けるか……』


 相手は、昨日今日戦闘に放り込まれた素人ではないはず。活路を作ろうとしても、即座に挟撃される。

 だけれども、逆に言えば向こうも動けないはずだ。こっちがどう出るか、推し量れないはずだし。


「行くぞ! 俺たち全員の実力があれば、デッド・スワロゥに勝てる!」

「おうよ! そのために、俺たちチーム【嵐雷あらしび】はあんた達チーム【冥夜の鐘】とチーム【蒼炎そうえん軍団】と組んだんだからな!」

「おいおい、チーム【ウルフバウト】、チーム【双頭の犬】、チーム【乱】の大同盟を忘れんな!」

「約束は覚えているな!? 賞金は山分け!」

「「「応っ!」」」

「日本刀は、捕縛の手柄を立てた奴のものだ!」

「「「応っ!」」」

「「魔風よ!」」


 唐突に。

 杖を手にした全身リスの獣人の二人組が進み出る。

 魔法で生み出された猛烈な突風が、【名無し】の剣士に叩きつけられる。






「「魔風よ!」」


 全身リスの獣人の後方支援魔術師の冒険者、チーム【双頭の犬】のアルア兄弟、ダニエル・アルアとルパート・アルアが、魔風の魔術を発生させる。兄弟だけあって、息ぴったりだ。


「動きを止める! 皆、一気に押し込め!」


 チーム【蒼炎軍団】を率いる、エルフの女冒険者、コザは弓に矢を番える。同時に三本。

 鏃にはレッサードラゴンすら失神させられる、特製の麻痺毒が塗ってある。


「もらったぁっ!」


 ばしゅっ! と、弓弦が鋭く鳴る。

 解き放たれ、標的に真っ直ぐ向かう三本の矢。


「今だ、皆、討ち取れーっ!


 間髪を置かずに、チーム【乱】を率いる全身ライオンの獣人の男の冒険者、トマージから、大号令が発せられる。


「「「うおぉぉぉーっ!」」」


 重装鎧で身を包み、両手持ちの大盾を構え、先陣を切るのはA級冒険者のベルモン、チー厶【ウルフバウト】の全身サイの獣人の男。

 続くのは、セグルとガガーロン――チーム【嵐雷あらしび】の切り込み隊長とチーム【双頭の犬】の突撃隊長を努める冒険者。全身豹の獣人の男と全身アナグマの獣人の男、ランクは共にB。

 それに、結託したチームの面々が一気に続く。

 普段は商売敵同士だけれども、見事な連携プレー。

 誰もが、勝利を確信していた。






【名無し】の剣士は猛烈な突風に打たれていた。

 常人であれば、怯んでいただろう。物理的に、動けなくなっていただろう。

 だが、【名無し】の剣士は【騎士ドラウグル】。【魔神】ディスコルディアに魅入られたその存在は、既に常人にあらず。

 否、話はそれ以前だ。彼は剣士、闘争と決闘に生きる者。なにより、生粋の戦闘狂。

 吹雪をものともせず雪原に立ち続けるツルみたく、じっ、と身構えた。

 唐突に――


『うん?』


 ――視線の先で矢が、番えられる。それも、三本同時に。


『あれを、射るのか! 三本同時にに!?』


 矢が、放たれる。

 対し、【名無し】の剣士は抜刀、から、構える――


 かかがんっ!


 ――攻撃ではなく、防御の姿勢を。

 防ぎ、弾く。むね――刃の反対側にある背の部分で。顔面、胸、左脇腹を射抜くはずだった、三本の矢を。


「「「……なっ!?」」」


 からんからんからんーーと、矢が地面に落ちる虚しい音。


「あいつ、矢を、弾きやがった!?」

「ま、まぐれだっ! あんなの、単なるまぐれに決まっているっ!」

「「「ウォォォォォッッ!!」」」


 自分たちが用意した 必殺の作戦にヒビが入れられる。信じがたい現実を振り払わんと、冒険者たちは叫んだ。


『身構えたな? 得物、抜いたな? 殺意、向けたな? ……じゃあ、お前ら、俺の敵ってことでいいな。











 全員、命、いらねぇな?』


 対し、【名無し】の剣士は刀を構え直す。


『なら、全員……っ首置いてけ!!』

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