第126話


 デッド・スワロゥの姿を最初に補足したのは、チーム【サザンクロス】のリーダー、アロンソだった。

 デッド・スワロゥは、しゃがんで休憩している。脇にある焚き火に、手をかざして。他の二人の姿はない。


「ガトー、ベイルリ」


 後ろに控える二人が頷く。

 三人組の冒険者だ。クラスは全員、B。


「仕掛けるぞ」


 二人は、歩を進める。

 ガトーが先に、ナイフ使いのベイルリがその十歩ほど後に続く。アロンソは近くの家屋の陰へ。そのまま家屋の屋根に登ると、弓を構えた。

 矢をつがえる。

 デッド・スワロゥに狙いを定め、弓を引き絞る。

 今のところ、動きはない。

 だけれども、おかしな動きをしたら矢を放たなくてはいけない。


「悪いな、みんな。賞金と日本刀は、俺たちがいただくぜ!」






「ようやくお出ましか」


 傍らのディスコルディアが、薄く笑みを浮かべる。

 感じるのは、尖った気配と粘っこい欲望。

 近寄ってくるのは、二人。前を歩く一人の後を、もう一人が幅を置いてついてきている。

 手をさすりながら、立ち上がる。相手の方を向く。


「三人。一人は、少し離れた屋根の上」

『……上等っ!』


 確信する。こいつらは、賞金を求めて【名無し】の剣士を狙う冒険者たちだ。


「動くな」


 前の一人、軽装鎧に長剣を帯びた男が立ち止まる。

 そして、手首の腕輪型のアイテムストレージから取り出したものを構えた。


「妙な動きをしたら、撃つ」

『へぇ……』


 相手の左手にあるそれは、銃だった。

 ビリーが使っているのとは違うやつ。

 見た感じ、ビリーの銃には丸みがあった。だけれども、こっちの銃は全体的に角ばっている。


「カッコいいだろう、デザートイーグルっていうんだ。「異なった」世界最強最高の銃だ。これ一発で、お前の頭なんか、ぼーん! と、吹っ飛ぶんだぜ?」


 優位を確信したのだろう。相手はペラペラしゃべり立ててくる。


「かなり値は張ったが、損して得取れだ。12億とレア武器の日本刀を手に入れるんだからな」


 銃口は、【名無し】の剣士に向けられていた。

 そのまま、ゆっくりと、歩み寄ってくる。

 そして、やがて、目前へ。


「恨むんなら自分を恨め。お前の賞金は、俺たちの人生の糧にさせてもらう!」


 目が合う。

 圧倒的優位、大金と栄誉。なにより、勝利の確信。

 その顔は、喜びに輝いている。


「そいつをよこせ!」


 対し—―

【名無し】の剣士は、ふっ、と笑った。

 腰に帯びていた刀を、外す。

 そのまま片手で掴んで、相手に差し出した。

 相手は一瞬驚いたが、素直に差し出されたものを受け取ろうとする。


 瞬間――


 どすっ!


「……え?」


 ――約束されていたもの、その全てが完膚なきまでに打ち砕かれたことを、ガトーは知らなかった。

 自分の敗北すらも。

 ガトーの目に、それは突然現れたように見えた。

 胸を貫く、槍の穂先。

 ガトーが最期に見たのは、ありえない光景。

 デッド・スワロゥの袖口から伸びるそれは、槍の穂先に斧頭、その反対側には突起が付いた長柄の武器――ハルバード。


「ば、ばか、な……」


 見る限り、アイテムストレージはなかった。

 なのに、ハルバードは文字通り手品のごとく、種も仕掛けもない魔法のように現れた。

 ガトーの命をなんの遠慮もなくを吹き飛ばす、デッド・スワロゥの得物として。






「フーフフフ……フーフフ、フーフフフフフ!!」


【名無し】の剣士の動きは、最小限だった。

 諦めて刀を渡すふりをして、あらかじめ仕込んでいた罠を、カンザクラの店で購入したものを使ったものを発動させたのだ。

 上腕に装着した腕輪型アイテムストレージから、ハルバードを出す。

 貫ける距離に入ったら、穂先が相手に向くように。

 纏うのが着物という、袖がゆったりとしたものだからこそできる罠だった。

 実際、相手の目には、【名無し】の剣士の袖口から槍の穂先が飛び出してきたようにしか見えなかっただろう。


「ガトー、どうした?」


 様子がおかしいことに気づいたらしい、仲間が声をかける。

 そいつからは、ハルバードが出現したことも貫いたことも、ガトーというらしい仲間の背中越しで見えていなかった。

【名無し】の剣士は、ハルバードを収納する。

 貫いていたものから開放されたガトーは、少しよろめいて、横向きに倒れこんだ。

 その横を、【名無し】の剣士は走り抜ける。

 抜刀。

 新たな標的に、斬撃を見舞う。


「……なんと、見事な」


 風切り音。

 飛来する、矢。

 しかし、【名無し】の剣士は、頭をわずかに傾けて躱す。

 そのまま、前へ、踏み込む。

 その手には、斬った相手から奪ったナイフがあった。

 投擲。

 次の標的に向けて、真っ直ぐに。

 ディスコルディアは、見た。

【名無し】の剣士が放ったそれは、標的が構えていた得物の弓を破砕する。

 されどそれで終わることなく――


 がつんっ!


 ――標的の額に、突き刺さる。

 三人の命が、わずかの間に消し飛ばされる。


「なんと……素晴ら、しい!」


 発した声は、歓喜に打ち震えていた。


「【名無し】の剣士、一体お前は、どこまで強くなるというのだ……!」






 ――「銃ってェのはね、大抵、銃の利き手こと右利き用にしか製造さつくられてないンだよ」

 ――「銃だけじゃないよ。人間の道具ってェのはね、右利きの人間を中心に発達してきたンだ。だから、武器だって右利きの人間に便利なように作られて、進化していくものなンだよ」


 ふと、思い出す。

 かつて生きた世界で、ほんの一時だったけれども行動を共にしていた銃使いがいた。

 彼女は、自身の得物を、その性能を高めるための試行錯誤の末偶然誕生したという奇怪な形状と機能を持つ銃を見せてくれた。

 その際、確かこんなことを言っていた。


『まさか、あいつのウンチクがこんなところで役に立つとは』


【名無し】の剣士は、デザートイーグルを拾い上げる。

 正直言って、大博打だった。もしこれが目先の利益にばかり目がくらんで、主要な得物にしていなかった武器じゃなかったら、確実に撃たれていた。

 重い銃だ。多分、かなりの威力のはず。勿論、撃った時の反動も。

 いや、話はそれ以前だ。素人があの重量のものを片手で構え続けるのはしんどいはず。

 あと、左手――銃の利き腕ではない方の手で扱うのは、実戦的ではないはず。


『そう考えると、ビリーの奴、実は凄かったんだな。……チャランポランもいいところだけど』


 死合ってみたかったな、となんとなく思ってしまった。

 勿論、ディスコルディアには内緒である。

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