第124話


「……? やけに空いてるな、今日」


 胡麻をふったデニッシュパン、コンソメスープ、旬のフルーツ、ヤギのミルク。

 それらが乗った朝食のトレーを置いて、辰之助たつのすけは首を傾げる。

 異変は、明らかだった。いつも行く食堂が、がらがらだったから。

 いつもなら、これから仕事に繰り出す冒険者たちで賑わっているはずなのに。


「なんかあったのか?」

「なんだ、知らんのか、あんた」


 暇なのだろう、食堂の主人、全身トドの獣人の男が話しかけてくる。


「冒険者ギルドに、黒札が出たんだってよ」

「黒札? なんだ、それ?」

「賞金首をとっ捕まえろって依頼さ。場合によっちゃ、ぶっ殺せっていう」

「……え!?」


 耳を疑う言葉に、食事の手が止まる。


「そんなわけで、冒険者たちは朝も早くからお仕事に一生懸命ってわけだ」

「バッカじゃねーの【異世界】!? どこまで世紀末!? 西部劇かよ!? リー・ヴァン・クリーフかスティーブ・マックイーンみたいなことガチでやるって」

「……セーブゲキ? リーヴァンクリーフ、スティーブマックイーン? ……なんだって?」

「いや、なんでもない、こっちの話。……で、賞金首になるってことは、相応のことをやらかしたんだろ、そいつ。どこのどちら様か知らんけど」

「それがよ……聞いて驚け!」


 にまーっ! と、相手の顔に浮かんだ下世話な笑みを見た瞬間、嫌な予感がした。

 思えば、この時、辰之助は一目散に逃げるべきだったのだ。


「そいつ、お前の知り合いだぜ?」

「……え!?」


 食堂だけでなく、ブレンダの街からも。

 そうすれば、後々あんなことにならなかったはずなのだ。


「ちょっと前の試合で、お前をコテンパンにのした奴、いただろ。デッド・スワロゥ。賞金首は、そいつだぜ」






 辰之助は、自室に戻る。

 食堂の向かいにある三階建てのオンボロ安アパートの一室が、【異世界】における辰之助の唯一のプライベートスペースだ。

 寝台に座り、嘆息する。


「……まぢかよ」


 記念すべきではない敗北、デッド・スワロゥはその時の対戦相手。

 秘策であるコボルトケンジュツを用いても勝てなかった、唯一。


「…………」


 無意識に、右の脇腹をさする。

 そこに、辰之助の力の秘密があった。

 一見、それはタトゥーである。翼を広げた雄鶏をモチーフにした。


「これがなかったら、俺、とっくの昔に死んでたよな……」


 勿論、ただのタトゥーではない。

 魔術文字という特殊な文字で組み上げられた、【紋章術】なるものである。

 転移者である前に人間であり、本来であればコボルトの亜人にしか使えない【チャクラ】を使えるようにするため、ジークンド先生が施術してくれたものだ。


「元の世界に帰ったら、もう、スーパー銭湯に行けないな。プールにも、ジムにも、海水浴だって」


 残念ながら、「刻んだだけで何故【チャクラ】が使えるようになるのか?」については、コボルトの 亜人の秘儀の中の秘儀であるという理由で教えてもらえなかったが。

 とにかく、辰之助は戦うための力として、【チャクラ】を得た。そのおかげで、今は食うに困っていない。


「……関わるの、よそう」


 とりあえずではあるけれど、安定した生活をせっかく得たのだ。下手に関わるべきではない。

 第一、デッド・スワロゥがどうなろうが、辰之助には関係ないはず。

 だけれども、辰之助は思う。


「……あいつ、女の子連れてたよな」

 

 見た感じ、13か14くらいの子だった。オドオドした感じは、むすび――妹に似ていた。

 あの二人がどういう関係か、辰之助は知らない。

 でも、女の子はデッド・スワロゥに絶対の信頼を置いているみたいに見えた。もう一人の連れ、見た感じ小生意気そうな少年よりも、ずっと。

 一言で言うなら、普通の子だった。

 追われる身であるデッド・スワロゥは、明らかに堅気に見えないというのに。


「…………」


 嫌なことを思い出す。

 何年か前、ネットで配信された映画を観た。

 確か、イタリア映画だったと思う。フレンチコネクション的な警察スリラー、ヴァイオレンス描写強めのハードボイルドで、後味悪い結末のやつ。

 敵役のギャングが主人公の刑事を追い詰めるため、その愛娘を殺すのだ。それも、かなりひどい方法で。

 奸智に長けた武力を持つ者ってのは、相手を追い詰めるためにその身内的な関係者を攻撃することに抵抗を感じないものである。


「……やばくないか?」






「おい、デッド・スワロゥの居場所が分かったってよ!」

「なんだと!?」


 冒険者ギルドに集っていた冒険者たちが、熱り立つ。


「野郎、今どこにいやがる!?」

「旧市街だってよ。日が昇る前に向かうのを見た奴がいた! 信頼できる情報源だから、信憑性はかなり高いぞ」

「よーし……みんな、ありったけの武器を持て! アイテムストレージに容量ギリギリまで入れろ!」

「各種回復ポーションもだ! 使うのは惜しむな! じゃんじゃん使え!」

「相手は12億だぞ、12億! プラス、レア武器付きだ!」


 破格すぎる報酬プラス、オプションも豪華である。

 故に、冒険者たちは夢想する。もし、それほどの大金を上手く手に入れられたら、どんな贅沢をするか。

 捕らぬ狸の皮算用だが、そう考えるだ各々の背筋に甘い痺れが流れる。


「俺は、冒険者なんて辞めてやる。どっかの国の一等地を買って豪邸建てて、白いわんこを買うんだ!」

「俺は、意中のあの娘にプロポーズするよ! 親指の爪くらいあるダイヤモンドをあしらった婚約指輪を、100万イェンの夜景の中で!」

「ギャンブルでこさえちまった借金全部返してもお釣りが来るな……へへへへへへ」

「おーい! 誰か、祝賀会の会場の予約してこい!  手早く終わらせて、昼から食べまくりの飲みまくりをやるぞ!」

「「「うおおおおおおっ! よっしゃあああああああ!!」」」

「「「やるぞおおお! やったるぞおおおおお!!」」」

「「「待ってろおおおお! 12億イェェェェェン! デッドスワロゥゥゥゥ!!」」」


 誰もが皆、報酬を欲しがった。

 今は良くても、一生冒険者を続けられるわけではない。

 冒険者たちの腹は決まっていた。何としてもデッド・スワロゥを捕まえ、報酬を得るのだ。

 大体、デッド・スワロゥは恵まれすぎている。

 新人のくせに型破りな活躍を続けているし、レア武器である日本刀を得物にしているし。

 だから、この機会に 少し痛い目に遭うべきなのだ。

 冒険者たちは、日々苦労をしている。だから、この機会に少しくらいいい目を見るべきなのだ。


「ちょい待ち! 報酬は山分けするとしてもよ、日本刀はどうするよ?」

「あれは、ぶん奪った奴のものにしようぜ」

「な、なあ、あれ売ったら幾らになるかな……ハァハァ」

「見たところかなり業物だ……親を質に入れてでも欲しがる奴は絶対いるぜ」

「俺、決めた……絶対にあの日本刀を手に入れる! あれを手に、冒険者の頂点を極めるんだ!」

「それより、チーム【茨の女王】の連中がいないな。カギタハの奴、怖気づいたか? 「デッド・スワロゥの日本刀は俺のもんだ!」って、アピールしまくってたくせに」

「気にすんな、あんな奴。ライバルが一人でも少なけりゃ、その分だけ分け前が増える」

「それもそうだな!」


 あーだこーだ、あーじゃねぇこーじゃねぇ、以下略。

 野望と欲望をむき出しに、いつもより入念に装備を整えた冒険者たちは、意気揚々と冒険者のギルドを飛び出していった。

 向かうは、旧市街。

 冒険者たち にしてみれば、人海戦術と多勢に無勢で賞金首デッド・スワロゥを捕まえるつもりだったのだろう。

 向かうその数、おおよそ100人。

 この数なら勝てるはずだと、報酬は必ず手に入れられるものだと、誰もが信じて疑わなかった。


 勿論、その様を二階から盗み見ていた存在を知るものはいなかった。


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