第8章 VS.オールラウンダーズ
第123話
【おしどり亭】の女将の朝は早い。
宿泊客のための朝食のスープを仕込むからだ。
「うん、美味い」
今日もいい出来だ、と満足していた、その時だった。
ばぁん!
凄まじい音がした。
次いで、どたどたと足音荒く複数が駆け込んで来る音も。
明らかな異常事態に、女将は厨房を飛び出す。
「ちょ、ちょっとあんたたち!?」
女将が目にしたのは、閉めていた入口ドアが無惨にも破られた光景。
そこから、武装した集団がどやどやと雪崩込んでくる。
「悪いな、オバチャン。重大な案件なんだよ」
「ハァ!?」
「おい、そんなババァ放っておけよ! 賞金が逃げちまうぞ!」
「賞金って」
一体なんなんだという言葉は、声にならなかった。
「キャアアアア!? なによ、あんたたち、勝手に人の部屋に入ってきて!」
「なにするんだ、やめろ!」
「うわああああん、怖いよぅ、ママー!」
扉の破砕音。宿のあちこちから、宿泊客たちの悲鳴。
「こっちの部屋じゃないぞ!」
「二階か!?」
「急げ! 急げよ!」
「早くしないと他のやつらが来る! 賞金は俺たち、チーム【
「ちょっとあんたたち!」
言葉のやり取りから察するに、彼らは冒険者に違いない。
報酬のためなら、多少は荒っぽいことをする奴ら。だが、その矛先を市井を生きる人々には決して向かないはず。
それが なぜか、【おしどり亭】に向けられ、あろうことか宿泊客たちに無礼千万を働いている。
「なんてことするんだいっ! 警備兵呼ぶよっ!」
血相を変え、女将は叫んだ。
「うるせぇ、すっこんでろ、クソババァ!」
「そうだぜ。賞金が手に入ったら、賠償金くらいたっぷり出してやるから」
「こんなオンボロ宿をリフォー厶する手間が省けるんだ、むしろ感謝してほしいね!」
「な……!」
だが、返されたのは耳を疑う暴言。
許されざる行いからの暴言に、女将の顔は既に真っ赤だ。
「お、女将さん!」
血相を変えた従業員が、走ってくる。
「大変です! さっき冒険者ギルドに、黒札が貼り出されて、それで」
「……そうかい」
全てを理解した女将は、従業員に言う。
「……倉庫から、アレを持っておいで」
チーム【
二階は、空き室だった。
たった一室を除いて。
ドアノブをひねる。案の定、鍵がかかっていた。
顔を見合わせ、にんまりと笑う。
標的はどうやら、まだ夢の中で天使と戯れているようだ。
醜悪な悪鬼が叫び声を上げる地獄行きが、既に決定しているというのに。
「ウーステッド、頼むぞ!」
「おりゃあ!」
斧使いのウーステッドの戦斧が、叩きつけられる。
扉は、その一撃で粉砕された。
「捕まえろ! 手足の一本二本、ダメにしても構わねぇ!」
だが、部屋に雪崩込んだ一行が目にしたのは――
「いない!?」
部屋には、誰もいなかった。
人がいた 痕跡はある。だけれども、それだけだ。
「畜生、逃げられた!」
「まだ街から出ていないはずだ、追いかけろ!」
「急げ! 他のチームに先を越されちまう!」
「そうだ! 賞金は俺たちのものだ!」
チーム【
結果を先に言えば、彼らが部屋を出ることはできなかった。だから、期待していた 賞金 とやらを得ることもなかった。
「……お待ち」
ドスの聞いた 低い声。
ゆらり、と。影が、入り口に立ちふさがった。女将だ。
「邪魔だ、ババァ!」
「どけよ!」
「ブチ殺」
罵声はそれ以上、形にならなかった。
「散々メチャクチャやっといて、タダで帰れるとでも?」
女将の手には、凶器があった。
それが麺棒かほうきだったら、彼らは笑い飛ばしただろう。
どしんっ!
振り下ろされたそれは、宿を鳴らした。心なしか、床にひびが入っている。
「な、なんだよババァ……」
ごっつい棘付きの金棒だったら笑えない。
地獄の獄卒でも持て余していそうなそれを、片手で軽々と振るうのなら尚の事。
チーム【
現実とはとても思えない光景に、チーム【
「わたしはババァじゃないよ。まだ35歳のピチピチ乙女だよ。添い遂げてくれる旦那様募集中だよ。……って、そんなことはどうでもいいんだよ」
ゆらぁり、と。
その体から、鬼神の如き怒りのオーラが立ち上る。
「……ここまでのことをやらかすんだ。ってことは、やられた側から1億倍返しされる覚悟はできているんだろうね?」
「いたか!?」
「こっちにはいないぞ!」
「手分けして、向こうを探せ!」
「なあ、赤毛の男を見なかったか!? 顔にでっかい傷がある奴」
「おい、無駄口叩いてる暇があったら 探せ! 草の根を開けても探せ! よそのチームに賞金を掻っ攫われちまう」
これと同じようなことが、ブレンダの街の至るところで起こっていた。
至るところで、大騒ぎになっていた。
無理もない話だ。
原因は全て、早朝の冒険者ギルドに貼られた黒札である。
「畜生、デッド・スワロゥの野郎、どこ行きやがった!?」
「あいつ、只者じゃないと思っていたが、まさかこんな大それたことをやらかしてたとは……」
「正直、おかしいと思ってたぜ。F ランクの強さじゃねえもん、あいつ」
「確かにそうだな。だから、あんな額なんだろうな」
「ああ」
冒険者たちは、思い出す。
黒札に書かれた、その内容を。
「赤髪黒衣の日本刀を携えし、顔に傷を持つ男。
名乗るその名は、デッド・スワロゥ。
罪状:軍務執行妨害・要人暗殺・大量殺人。
賞金額:12億」
「なんとしても、奴を……デッド・スワロゥを見つけろ、捕まえろ! できなきゃ、殺せ! 賞金は俺たちのものだ! 絶対に誰にも先を越されるな!」
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