第122話
次の日。
「いよーっしゃぁぁぁぁあ! 角ウサギ、獲ったどぉぉぉぉお!! この調子で、じゃんじゃん狩るぞぉぉぉぉお! ちなみに、角ウサギの肉ってめっちゃ美味いから、張り切って狩れよ、デッド・スワロゥ 」
ーー平穏の終わりまで、あと、6日。
次の次の日。
「マジかよ、語学の講義中止っ!? しかも、図書館も休み!?」
「申し訳ありません! 講師の方が急病で。図書館の方は、本日蔵書整理で休館です。こちらの方は、ボードに告知してたはずなのですが……」
「うーん、じゃあ……ここにおいてある語学のテキスト、借りてっていいか? 連れのこいつが、ランクアップ試験控えててさ」
ーー平穏の終わりまで、あと、5日。
次の次の次の日。
「ビリーさん、今回採取する素材と一緒に、これもつんでもいいかな?」
「おー、なんか美味そうじゃん。どれどれ、お一ついただきまーす! おお、美味ぇ!」
「ルベリの実、ジュースにしてもいいし、ジャムにしても美味しいの。勿論、そのままもおいしいんだよ」
「へー……それは知らなかったな。ちょっと多めにつんでって、あとでお茶しようぜ! あ、そこのマンホールの隙間から生えてんの違うか!?」
ーー平穏の終わりまで、あと、4日
次の次の次の次の日。
「雨かぁ……こりゃあ、仕事できないな。よし……今日は勉強でもするか! 俺が色々教えちゃるから、覚悟しいや! デッド・スワロゥ!」
三時間後。
「デッド・スワロゥ、お前……モノ覚えいいな。テキスト、ほぼ終わってんじゃん……しかも、全問正解!? クソ、俺が1年かけて解いたやつががががががが……」
『……なあ、俺、なんか悪いことしたか?』
「気にしたら負けなのよ」
「醜い嫉妬だな」
ーー平穏の終わりまで、あと、3日。
次の次の次の次の次の日。
「雨、上がったね! 冒険者ギルド、行く?」
「うんにゃ、今日は行かないぜ」
「じゃあ、どこに行くの?」
キリの問いに、ビリーは答えなかった。
「うふふ……ナ・イ・ショ! にゃ♡」
『……うわぁ、なんか引くわ、これ』
「デッド・スワロゥ、オイテメェコノヤロウ……なんか今、失礼なこと思わなかったか!? 正直にお言いよ、場合によっちゃ拳骨な!? 歯ァ食いしばれや」
「やめるのよ、このバカチン【
そこは、何日か前に訪れた場所だった。
看板に書かれるその店の名前は【ペパーの武器屋】。
「おおー、いらっしゃーい! ……って、おおっ!? あなた様ら御一行様は、いつぞやのっ!」
獣耳をぴこぴこ動かし、獣尻尾をフリフリさせながら、店員――カンザクラは駆け寄ってくる。
「今日はなにかお探しっすか? 当店【ペパーの武器屋】は、武器各種、売ります・買います・作りますっすよ!」
「武器っつーか、装備品が欲しくてね。アイテムストーレージ、置いてる? できれば腕輪型のやつ」
「もちろん、多数揃えてございますっす! しばしお待ちをっ!」
そう言うと、とたたたたっ! っと走って店奥に消えていった。
『………?』
なにがどういうわけなのか、【名無し】の剣士には分からない。
自分は何故、以前訪れた武器屋に連れてこられたのか。
『……アイテムストレージって、何だ?』
「おまたせいたしましたー」
その答えはビリーではなく、カンザクラから提示される。
カンザクラはその手に、椅子の代わりになりそうな大きさの木箱を持って現れる。
それを床に置き、蓋を開く。
『え、腕輪!?』
黒、銀、金、銅色。
簡素なものから、奇天烈な見た目、繊細な装飾が施されたものまで。
中には、大量の腕輪がごろごろ入っていた。
「ご所望は、腕輪型のアイテムストレージでしたっすよね。こちら全てが、該当の商品となってるっす」
『はぁ!?』
「どうかごゆるりと、手にとってご覧いただきたいっす。勿論、試着は全然していただいてオーケーっす!」
「だってさ、デッド・スワロゥ。好きなの選びな」
『え、ええ、えええ、ええええ、どういうことだ!?』
「明後日、ランクアップ試験だろ? そのための備えだ。なにがあるか、わからんからな。好きなの選べ。なーに、金なら心配すんな。ユニーク・スライムの討伐証明、こんだけたっくさんの金貨に化けたんだから」
「あ、そういえば! この間、アイテムストレージの最新モデルが発売されたんっすよ! ちょっと待つっす。おーい、にーちゃーん、ハインツにーちゃーん! おーい!?」
もしこの時、ハインツが店から一目散に走り去っていたことに気付けていたら、少しは未来が変わっていたかもしれない。
【名無し】の剣士は冒険者として活躍を繰り返し、名声を欲しいままにしただろうし、【勇者】の称号だって、もしかすれば得ていたかもしれなかった。
冒険者としての仲間ができたかもしれないし、酒を飲み交わし合う仲の友人だってできたかもしれなかった。
だが、現実はそうはならなかったのだ。
ーー平穏の終わりまで、あと、2日。
ランクアップ試験、前日。
職員たちは、冒険者ギルド内を駆け回っていた。
ランクアップ試験の準備に追われて、皆、てんてこ舞いである。
正直言って、今回の忙しさはいつもの比ではない。
それもこれもーー
「あああああ、もおおおお、むかつくうううう!!」
「ミウ! 頭から湯気を出してる暇があるんなら、手を動かせ!」
「わかっとるわっ!」
ミウは、文字通り怒り狂っていた。
頭は既に、熱せられたスチームポットだ。乾燥トウモロコシを乗せたら、ポップコーンが瞬時にできるかもしれないくらい。
「あんのクソ○ッチ……今度その顔あたしの前に出しみろ! 地獄の方がまだ生ぬるい目に合わせてやる! この恨み……晴らさでおくべきか!」
「気持ちは分かるが、いなくなっちゃったドゥさんに悪態ついたって仕方ないだろう」
「なーんーでーなーのーよ! もーう!」
慰めの言葉をかけてくる同僚に対し、ミウは吠える。
その傍らには、「辞表」と書かれた封筒が転がっていた。
差出人の欄に書かれる名は、ドゥ。
「ドゥさん、なんでこんな大事な時にこんなもの出すのよ、もう!」
正直、泣きたかった。
ミウが見る限り周りとはうまくいっていたし、仕事を覚えるのが人一倍早かった。来週には研修が終わり、一人前の冒険者ギルドの職員になれるはずだった。
「一体、何がいけなかったのよぉ……」
だが、現状は非情だった。
「ミウ、冒険者ギルド本部から郵便来てるぞ。……え、速達? 到着次第、大至急中身を確認しろ? 悪い、ちょっと中身の確認頼む!」
「本部!? このクソ忙しい時に、一体何なの!」
頭を抱える暇もなく、仕事が回される。
ミウは、渡された封筒を開けた。
「なっ……!」
中身を確認した瞬間、その顔が、大きく引きつる。
ばさり、と。封筒が落ちる。
中身が床に落ちて、広がった。
「あああああ、もう、なにやって……」
それを拾おうとした同僚が、目を瞠った。
一見、それは、冒険者ギルドのボートに貼ってあるものだ。
ただし、異質なものだと誰でも分かる。
白でも赤でも青でも黄でもない。
黒。
「なんだよ、これ……なんで、こんなものが……
これ、黒札じゃないか!」
冒険者ギルドの職員たちの間に、波紋が静かに広がっていく。
それに書かれた詳細を知るのは、これからしばらく後のことだ。
「赤髪黒衣、日本刀を携えし、顔に傷を持つ男。
名乗るその名は、デッド・スワロゥ。
罪状:軍事執行妨害、要人暗殺、大量殺人。
賞金額……」
黒札、それは、人命が金になる依頼を示すもの。
人命が軽視される世界では、時には
……さぁ、
狩りが始まるぞ……!
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