第121話


『それと冒険者と、なんの関係があるんだ?』

「ダンジョンには、魔物が巣食う。それも、かなり多く。その魔物目当てでダンジョンに潜る冒険者もいる」

『でも、お前の話を聞く限り、ダンジョンってのは地下にあるんだろ? それより、【ダンジョンコア】が魔物から危害を受けるとかないのか?』

「いい質問だ!」


 ディスコルディアは、ぴんっ、と人差し指を立てた。


「【ダンジョンコア】と魔物は、共存関係にあるといわれている。【ダンジョンコア】はなんらかの方法によって魔物をダンジョンに招き入れ、或いは生み出し、己を外敵から守護させる。その代わり、己を護らせる」

『ここで言う外敵ってのは?』

「外敵とは、文字通り【ダンジョンコア】にとっての敵のことだ。【ダンジョンコア】を獲物として狙う者ども、その多くは【クラッカー】の部類だ」

『【クラッカー】?』

「【ダンジョンコア】を目当てにダンジョンを踏破しようとする冒険者のことだ。だが、ダンジョンにとって【クラッカー】は、敵であると同時に餌でもある。それも、かなり極上のな」

『ちょっと待て! ダンジョンって人を食うのか!?』

「そうだ」


 ディスコルディアは頷く。


「【ダンジョンコア】は、共生関係にある魔物に【クラッカー】を倒させる。そして、その死体を養分として吸収する。そうすることで、ダンジョンを発展させ、成長するための糧とする』

『へぇ……』


 思っていたよりずっと複雑な話だった。

 正直、面白い。だけれども、理解が追いつきそうにない。【異世界】の現実は、あまりにも異質すぎる。


「……成程、そういうわけか。デッド・スワロゥ、お前の実力は本物だな」

「だってさ、おめでとさん」


 ディスコルディアと話し込んでいたから気づけなかったが、ビリーとシュヴァルの中でなにかやり取りがあったらしい。

 シュヴァルの手には、魔石があった。その持ち主のアドゴニーの頭にあった王冠も。だから、その内容を察することはできる。


「……あのごたごたの場から、いつの間に持ってきたのよ。この【魔神】イシスの【騎士ドラウグル」たるビリー・ザ・キッド。流石は元無法者、手癖が悪いのよ」

「長生きはするものだな。【鑑定】スキルで見る限り、こいつは確かにユニークの一部だ。ギルドマスターになる前は冒険者をやっていたが、ここまでのものは」

「失礼します」


 察するに昔語りになると思われた言葉は、しかし、ミウの声に打ち切られる。


「……入れ」

「失礼します。ギルドマスター、お客様がお見えです」

「客?」

「お客様からの言伝です。「ギルドマスターの旧友と言えば分かる、あと、三年前に貸した4万イェン早く返せ、クソヤロー」とおっしゃられてましたが」

「……すまないが、急用が入った。話は戻るが、デッド・スワロゥ。ランクアップ試験のことだが、勿論、そちらの意思は尊重するつもりだ。まだ早い、受けたくないと思うなら、受けなくていい」


 立ち上がりながら、シュヴァルは言う。


「開催は、今日から数えて一週間後だ。それまでに、真剣に考えておいてくれ」






 部屋を、出る。

 その際、ギルドマスターの客とやらを見た。

 灰色がかった金色の髪の男だ。頭頂にあるのは一対の狼の耳。獣人だ。

 【名無し】の剣士がかつて生きた世界で言うところの、唐朝の漢服に似たゆったりとした衣装を纏い、剣を佩いている。

 従者だろうか、後ろに一人の人間の少年を連れていた。


『…………』

「…………」


 一瞬、だけれども、目が合う。

 気のせいか、相手の翡翠色の目が細まった気がした。笑ったのだろうか。

 その様に驚いたであろうキリが、びくり、と身体を震わせる。

 すれ違う。

 その際、そいつは獣耳を揺らし、口端を歪めてひどく楽しそうに言った。


「闇の匂い……が、するな」


 けれど、ただ、それだけだった。

 この時は、まだ。



 結論から先に言うと、【名無し】の剣士がランクアップ試験を受けることはなかった。

 何故ならば、ちょうどその日だったのだ。

 束の間の平穏、平和な日常、なにより冒険者としての日々が、壊れてしまったのが。

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