第119話


 正直、シュヴァルはドゥのことが苦手である。

 なにせ、初日から盛大にやらかしてくれたのだから。

 冒険者同士の諍いに介入、しかも、蹴りを叩き込んで黙らせた。それも、喧嘩を売られた側に。

 まあ、結果として殺人未遂を食い止めたのだから結果オーライなのだろうけど。


「たかが、スライムだろう?」

「されど、スライムです!」

「……単刀直入に言え」

「Fランクの冒険者が、スライムはスライムでも、ユニーク・スライムを倒したとのことです!」

「そんな馬鹿なっ!」


 シュヴァルは、悲鳴を上げた。


「ユニークと言えば、下手すれば最強種に匹敵する魔物だぞ!? それをFランクの冒険者が……いや、ちょっと待ってくれ。その冒険者はFランクで間違いないんだな?」

「私に回ってきた話では、そうなっています」


 ドゥの報告を聞いて、シュヴァルの頭に真っ先に浮かんだのはデッド・スワロゥだ。

 経歴、出身地、年齢、その全てが不明の男。

 冒険者ギルドに登録したばかりの新米冒険者。

 されど、皆、噂している。「アイツは、只者じゃない」「絶対、何かある」と。

 実際そうだ。

 Aランク冒険者だったラガンを一撃で倒したのだから。


「……なるほど」


 シュヴァルの中で、デッド・スワロゥへの興味や重要度が上がった。


「それで、今、彼はどこに?」

「下にいます」

「よし!」


 本来であれば、休憩時間中ということで身体を休めることができる希少な時間だ。

 だけれども、現在のシュヴァルはそれどころではない。


「ギルドマスター、どこへ?」

「期待のルーキー、デッド・スワロゥの所へだ。直に会ってみたい!」


 居ても立っても居られなかった。

 シュヴァルは、部屋の戸を開ける。


「あ……」


 開いた先にいたダークエルフの亜人の子供と目が合った。件の諍い、デッド・スワロゥがラガンを殴るつまらない切っ掛けだ。

 今は、ドゥの元に引き取られ、このフロアで寝起きしている。


「どけ」


 本来であれば、怒鳴りつけるか蹴飛ばしてやるところだが、今のシュヴァルは機嫌がいい。

 押しのけ、大急ぎで階段を下る。






 シュヴァルが駆けつけたとき、一階は既に大騒ぎになっていた。


「だーかーらー! なんで僕たちが責められなきゃいけないんだ!」

「そうよそうよ! むしろ、謝って欲しいのはわたしたちの方よ! 勿論、賠償も要求するわ!」

「それはこっちの台詞だ……!」

「そうだそうだ! スライム討伐の邪魔して!」


 てっきり、ユニークを討伐したデッド・スワロゥに関することかと思ったのだが、違うらしい。


「ちょっと通してくれ」

「ギッ、ギルマス!?」


 野次馬の一人の声が、喚び水となる。

 シュヴァルが進み出ると、冒険者たちは道を開けた。

 見れば、二組のチームが相対している。

 年若き冒険者、三人組と二人組。おそらく、チーム。

 しかし、一体何があったというのだろう。二人組の方は、びしょびしょのドロドロのひどい有様。

 三人組の方に付き添うようにしてが立っているのが、おそらくデッド・スワロゥに違いなかった。






「あー、さっき言いそびれたことなんですけど、デッド・スワロゥさんがユニーク討伐しちゃったの、実はたまたまなんですよ。あの三人組、チーム【銀の一角獣】の護衛依頼の最中でのことだったそうです」

「なるほど……」

「で、その最中にちょっとした事件が起こったそうで」


 追いかけてきたドゥから詳細を聞いたシュヴァルは、脳内でそろばんを弾いてほくそ笑んだ。

 相対し合うチーム同士には悪いが、彼らにはシュヴァルがデッド・スワロゥという人物を知るためのダシになってもらうとしよう。


「お前達、なにを騒いでいる!」

「ギ、ギルドマスター!?」

「通せ、前を開けろ」






「マジかよ、オイ。ギルドマスターだ」


 そこにいた全ての冒険者たちの間に、一斉に緊張が走った。


『なんだ、あのおっさん?』


【名無し】の剣士は、目をぱちくりさせる。

【異世界】のことはまだよくわからない。

 だけれども、人についてはよく分かる。

 特に、強い者なら。


「通称【疾風怒濤しっぷうどとう】のシュヴァル。現ギルドマスター。あ、ギルドマスターってのは、その町の冒険者ギルドの実質的最高権力者」


 ビリーが囁いてくる。


「シュヴァル・エステベス、元Aランク冒険者だ」

『…………』


 歳の頃は、40代半ばほど。

 ズボン、革鎧、上着は、全て黒一色。

 ごわごわと茂る髪は、黒。前髪の間から除く眼差しは、匕首みたく鋭い。

 息を呑んだ。

 傍らのディスコルディアも、同様に。

 成程、凄まじい貫禄だ。冒険者ギルドの長の座を預かるだけある。

 こんな場でなければ、どこかで戦いたかった。


「わたしの言うことが、聞こえなかったのか? なんの騒ぎだと聞いている」

「あなたがブレンダの町のギルドマスターか?」


 その姿を目ざとく見つけたイリアスが、駆け寄ってくる。


「聞いてくれよ、こいつらってば!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る