第118話


 意識を、現在に戻す。


「ギャーアアーアアア!?」


 戦況は一気にひっくり返された。

 件の壁は、既にぶち壊されている。

 必勝の策を打ち砕かれたアドゴニーは、慌てふためいていた。


「ク、クソーオオオ! 覚エーテイロー! 次コーソ、必ズヤッツーケーテヤルーカラーナ!」


 捨て台詞を吐き散らし、翼を広げ、逃げようとした。

 だがーー


 GLALAAGAAAA!!


 激烈な咆哮が、轟く。


「グギーッ!?」


 アドゴニーが巨体を縮める。

 それだけの威力があった。

 アシュロンの森を統べていた、【獄炎】ゲリュオンの咆哮というのは。

 その隙を、【名無し】の剣士は見逃さなかった。

 地面を蹴る。

 中空へ。

騎士ドラウグル】の並外れた身体能力をもってすれば、通常の数倍以上の距離を跳ぶことは造作もない。

 くるり、と。身体をひねる。

 その最中、抜刀。

 落下の勢いすら、利用する。

 刀を、突き刺す。

 アドゴニーの額に。

 深々と、鍔際まで。


「ノォォォォーオオーオオオ!」


 断末魔の絶叫が、響き渡る。

 勝敗は、決した。






 その日の夕方、一行はブレンダの町の冒険者ギルドに戻っていた。

 そして、もめていた。


「……魔石がないと、駄目ですねー」


 原因は、魔石とかいう討伐証明なるものらしい。

 それがないから、チーム【銀の一角獣】に報酬が支払われないのだという。

【名無し】の剣士は、正直、納得いかなかった。


『こいつら、ちゃんとスライム倒してたぞ?』


 だけれども、声を発することはできない。主張しようにも、対応しているミウに届くことはない。


「あのね、魔物討伐の依頼を引き受けたら、その魔物をちゃんと討伐しましたっていう証明を立てなきゃいけないの。その証明になるのが、魔石なの」


 もどかしくて歯噛みする、【名無し】の剣士を、事情がわからず戸惑っていると思ったのだろう。ジーヴィーがこそっと教えてくれる。


「魔物の体内には、必ず魔石っていう石があってね。こんなのなんだけど」


 ローブのポケットに手を突っ込んで、何かを取り出す。


「これが魔石。これを必ず一つ、魔物は体の中にもっているの。種類や強さによって、大きさや色は違うんだけど」


 それは、親指の爪ほどの大きさのキラキラ光る石だった。

 宝石や輝石に見えなくもない。だけれども、見えざる不思議な力の流れのようなものを感じるような気がする。


「マジックアイテムやマジックウエポンを作るための素材になるし、薬酒や聖水に溶かせばポーションや解毒薬にもなるの。場所によっては、お金の代わりにもなるの」

『ってことはつまり……魔物ってのは、魔石っていう色んな使い道がある燃料的なものをそれぞれ持っている。それには、金銭と同じ価値があると同時に、魔物の討伐の証になる……ってことでいいのか?』


 感覚的に言えば、かつて生きた「異なった」世界でいうところの真珠や結石みたいなものなのかもしれない。あれらも、生き物の体内にできる価値のあるものだったし。

 だけど、そう思うとーー


『ってことは、だ……アシュロンの森で狩りまくった魔物にも、魔石ってあったんだよな?』


 金銭的なことに興味がないといえば嘘になるが、ちょっと勿体ないことをしたと思った。

 ちらりと、視線をビリーの方にやる。 


『いつまでもおんぶに抱っこじゃアレだからなー。アイツに貸しばっかり作るのもアレだしなー』






「……わかりました。では、明日、依頼主の方に手紙を送ります。もし、それでちゃんと確認のお返事がもらえれば、報酬をお支払いいたします」

「マジかよ……」


 ブロッソンが、肩を落とす。


「報酬入らないでこっちの報酬払ったら、今週赤字じゃん……」

「…………」

「…………」


 アランとジーヴィーもまた、肩を落とした。

 無言ってことは、出費としてはかなり痛いのだろう。


「まあ、こういうアクシデントくらい、冒険者なんだからあるっちゃあるさ。いい経験だと思っときな。で、肝心の報酬のことなんだけどさ」


 対し、ビリーの対応はドライだ。受付嬢と何か話して、報酬を受け取る手続き的なことを進めているし。






「ギルドマスター、休憩中申し訳ありません。至急お知らせしたいことがあります」


「構わん、何があった?」


 冒険者ギルドの二階は、バックヤードだ。

 その奥の一室に、シュヴァルはいた。

 背負う肩書きはギルドマスター、ブレンダの町の冒険者ギルドの総代である。


「つい先程、スライム討伐依頼を受けた冒険者が戻って参りました」

「あっそ、で?」


 スタッフからの報告に、シュヴァルは眉を潜める。

 声には、棘が生えていた。


「ですから、スライム討伐依頼を受けた冒険者が戻って参りました、と言ったんです」


 そういうスタッフは、ニコニコと嬉しそうだ。

 シュヴァルは思い出す。確かこいつは、つい最近入ったばかりの新米受付嬢だった。確か名前は、ドゥといったか。


「いや、別にそんなの珍しいことじゃ ないだろう」

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