第115話
嘲笑は、倒木の上からだった。
上げるのは、ぷよんぽよんなまんまるボディ。
「え、スライム?」
そいつは、一見、スライムだ。
ただし、通常のスライムより一回りほど大きい。
頭には、小さな王冠がちょこんと乗っかっている。
見た目がやや異なる大きなスライム。だけどそれ以前に、何かがおかしい。
当たり前と言えば当たり前である。
「ヨークーモー、我ガ同胞ヲー、イジメテクレターナ」
「こいつ、喋った……?」
『ディスコルディア!』
【名無し】の剣士は、ディスコルディアを呼ぶ。
察するに、予想外の事態。
故に、緊急事態であることは確実。
『なんかヤバイぞ!?』
「わからずともわかるか、【名無し】の剣士よ。フーフフフ♪ 察しがいい子はこの【魔神】ディスコルディアは大大大大好きだぞ。どれ、後でいちごの飴ちゃんでもくれてやろう!」
『冗談より前に、助言をよこせ。あれ、ただのスライムじゃないよな?』
「フーフフフ♪ 大正解だ! あれは……ユニークだ!」
『ユニーク?』
「フーフフフ♪ いまいち理解できぬ、という顔をしているな。なに、今に分かる」
「我ガ名ーハー……アドゴニー!
名乗る声は大音響となり、鼓膜を打つ。
「冒険者、死スベシ!」
【名無し】の剣士とビリー、行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。
「あっぶね!」
正直、その場に留まっていたらやばかったた。
どっ……ずずずずんっ!
投げ放たれた倒木が、落下する。先程まで、自分たちが立っていた場所に。
「ぎゃあああああ!?」
脇に抱えているブロッソンが、悲鳴を上げる。
「う、嘘だ! スライムがあんな怪力を出せるなんて……」
「叫ぶな! 喋んな! 口閉じてろ! 舌噛むぞ!」
唯一、この状況に冷静に応対できているのはビリーだけだろう。
自分たちだけなら戦える。
だが、今は――
「退却するぞ!」
【名無し】の剣士が不満そうに「すんっ」と鼻を鳴らしたのは、聞かなかったことにする。
「オーノレー、逃ゲールナー!」
敵わないと悟ったのだろう、冒険者たちは一目散に逃げていく。
逃げるのは、二人。
帽子の小さいのと、赤毛の大きいの。
両手には、それぞれ仲間を抱えている。
「ナーント、早ーイ!」
重量はかなりのものになるはず。なのに、その姿は既に遠い。
「フーッフッフッフ……」
おそらく、強敵。だが、アドゴニーには遠く及ばない。
「パワー・アーップ!」
直後――
ぐぎゅむっ!
ずごごごご!
「ユニークとは、通常よりも強力な魔物、その特殊個体の総称だ。そいつらは通常の魔物と比べると、異常な能力や大きさや高い知力を持つ」
『じゃあ、あれはスライムって魔物だから、ユニーク・スライムか?』
「フーフフフ♪ その通り!」
ディスコルディアは、頷く。
「故に……強い!」
『強いのか!』
だが、会話はそこまでだった。
「ぎゃあああああ!?」
脇に抱えていたアランが、悲鳴を上げた。
思わず振り向いた【名無し】の剣士は、目を丸くする。
それもそのはず。
「待テエエェェェィィイ!」
アドゴニーが、追いかけてくる。
空を飛んで。
背には、魚のひれを思わせる巨大な翼があった。
それだけじゃない。
ぷよんぽよんなまんまるボディは、先程より二周りも三周りも大きくなっている。
その全身は、不気味に蠢いていた。
まるで、何かに変化しようとしているように。
「な、な、な……なんだあれ」
アドゴニーは、みるみるうちに姿を変えていく。
手が生えて、足が生える。ウミヘビを思わせる尻尾が伸びる。
伸びた首の先には、肉食魚を思わせる頭があった。
「な、ななななな!」
驚く一行を追い越し、アドゴニーは地面に降り立った。
変化を遂げたその全貌が、今、露わになる!
ビリーは、息を呑んだ。
アドゴニーと名乗ったユニーク・スライム。
その姿は、一言で言い表すと、人の形をしたグロテスクな魚である。
頭から尾びれの先まで百フィート近く、同じく翼幅も。
太い四肢の先には水掻きを備えた指が、肘や太腿部分にはヒレがある。
全身を覆うのは、鈍色の鱗。
唯一変わっていないのは、頭の小さな王冠だけ。
「あの、シルエットは……!」
「アドゴニーっていうユニーク・スライム、どうやら、
ぼばばばばばばっ!
傍らのイシスが言った直後、ぐわっ! と大きく開かれたアドゴニーの口から、大量の泡が噴出される。
恐らく、チーム【ホーリーアックス】を捕らえたのと同じもの。
だが何故か、こちらに向かってこない。
アドゴニーが前右足を振るうと、大きく広がる。ぐるりと、周囲を囲うように。
展開されたそれらは、互いにくっつき合って、障壁と化す。
「まずいな……」
冷や汗が、頬を伝う。
退路を絶たれた。
迂闊に突っ込めば、絡め取られるだろう。
おまけに、こちらは両手が塞がっている。
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