第114話


「ちょ、ちょっと、何言ってんだよ!」

「そうよ、変なこと言わないで!」

「おだまり、お兄様はあんたたちじゃなくて、この赤毛ののっぽに言ってるのよ!」


 非難の声を上げたアランとジーヴィーを、アニエスは怒鳴りつける。


「ビ、ビリーさん……」

「ほっとけ、関わんな」


 助けを求めても、ビリーはそっぽを向いている。関わり合いたくないのだろう。

 キリはすごく嫌な気持ちになる前に、悲しくなった。

 家族がお金をたくさん持っているからって、他人に威張り散らしていいのだろうか。他人に威張り散らして、楽しいのだろうか。

 もし、キリがそんなことをしたら、キリのお父さんとお母さんはきっと嫌な気持ちになるに違いない。


「今思えば、お母さん……そういうのにすごく厳しかったよなあ……」


 キリがそんなことを思っているなんて、チーム【ホーリー・アックス】の二人は知りもしないのだろう。デッド・スワロゥに、他にも色んなことを言っている。


「ぼくたちのパパは、スカーレットの街を拠点に大成功した大商人なんだ。だから、実家はすごいんだよ。豪華客船くらいならすっぽり入る敷地に、名工ルコキが手掛けたビスマ風の白亜のお屋敷が建っている。庭園には、様々な種類の花が沢山植わっていて、毎日庭師たちが手入れしている。それを、のんびりと東屋で眺めながらティータイムと洒落込むんだ。ハイビスカスを浮かべた香茶と、クリームたっぷりのケーキでね」

「そういうわけなのよ。わたしとお兄様のところに来れば、楽しく色んな事ができるの。だから、デッド・スワロゥ。あなた、チーム【ホーリー・アックス】に入りなさいな」


 だけど、どれだけ何を言ってもデッド・スワロゥ無反応だ。

 当然、彼らが言う白亜の邸宅も美しい庭園も美味しいお菓子にも、デッド・スワロゥは全く興味を示していない。あくびしながら、退屈そうに外の景色をぼーっと眺めている。


「なによ! わたしたちの折角の好意を無視してっ!」

「ばーか! ばーか! そんなもので、この【魔神】ディスコルディアの【騎士ドラウグル】を落とせるか、ばーか! この、ばーか!」


 存在を認知されないのをいいことに、ディスコルディアはあかんべーをしてチーム【ホーリー・アックス】に罵詈雑言を吐き散らしていた。

 もし、お母さんがいたらきっと怒るだろう。だけど、ここだけの話、心の中でキリがそんなディスコルディアを応援していたりする。


 しかし、そんな平和は、唐突に崩されることになる。


 ひゅるるる……





 先に動いたのは、【名無し】の剣士とビリー、どちらだっただろう。


『……来る!』

「進むな! まずい、止まれ!」


 危険を察知したのは、かつて生きた「異なった」世界で培った戦闘能力と【騎士ドラウグル】としての本能、どちらだっただろう。

 答えは出なくても、衝撃は文字通り形となって現れた。

 轟音! からの、激震!


「うわーっ!?」

「うおっ……!?」

「きゃーっ!?」

「あぅっ!?」


 反応は色々、悲鳴も様々。


「俺たちが戻るまで、絶対に馬車から出ないで下さい!」


 御者にそう言い残すと、一行は馬車から飛び降りた。


「ちょっとお! なによ、もう!」

「どうっ! どうっ!」


 チーム【ホーリー・アックス】は、怯えて暴れるピポグリフをなだめているが、ぶっちゃけそんなのどうでもいい。

 問題なのは、馬車の進行方向に横たわるもの。


「木……?」


 道をまたぐように、木が倒れていた。

 木は木でも、大樹。それも、樹齢ウン千年クラスの。


「来るとき、こんなの、なかったよね?」

「…………」

「キリ、大丈夫か!? ってか、駄目じゃないか、馬車で待ってなきゃ!」

「ち、違う……よ!」


 アランが言う通り、馬車で待っていればよかったかもしれない。

 思わず飛び出してしまって、キリは後悔する。

 横たわる大樹、真っ黒なそれに、見覚えがあったから。


「これ……アシュロンの森の木だ……」


 見間違えるわけない。トルシュ村で生まれ育ったキリは、それをずっと見てきたのだから。


「マジかよ、アシュロンの森の木だって……!?」

「そんなわけないよ! あの魔境からここまで、どれだけ離れていると思ってんだ!?」

「おい、お前ら!」


 異変について整理し合おうとしていた矢先、怒鳴り声が飛び込んでくる。


「なんで助けないんだよ! ぼくたちの大切なピポグリフが逃げちゃったじゃないか!」

「そーよ、そーよ! 謝罪と賠償を要求するわ! 訴えてやる!」


 だが、一行がそれを聞くことはなかった。

 弾かれたように、跳ぶ。

【名無し】の剣士はキリとアランを、ビリーはブロッソンとジーヴィーを抱えて。

 そのまま、遥か後ろへ。

 直後ーー


 べしゃんっ!


 粘ついたような音が、響く。


「うおおおおっ!?」

「きゃあっ!? きゃあああああっ!?」


 チーム【ホーリー・アックス】は、絡め取られる。

 真上から落下してきた、粘着質の液体に。


「なんだこれ……くそ、取れない!」

「いやあああっ、なにこれえええ、ニッキ臭いいいい!!」



「フーッフッフッ……」

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