第113話


「みー! みみー! みみみー!」


 その一匹のスライムは、必死に逃げていた。

 炎嵐フレイムストームの発動箇所から一番離れてた場所にたまたまいて、運良く助かったのだ。


「みー……」


 仲間は、皆、いない。

 一瞬にして、皆、いなくなってしまった。分裂してできたのも、そうでないのも。

 とにかく、そのスライムはたった一匹になってしまった。


「みみみー!?」


 しかし、ここはどこなのだろう。真っ暗だ。大きく必死だったから、どこに逃げ込んだか分からない。爆発で、大きく吹き飛ばされたし。

 ざやざやと、葉がこすれる音。

 上を見上げるも、空は見えない。鬱蒼と茂る葉で、隠されてしまっている。

 そのスライムは、知らなかった。

 無我夢中で逃げた先、魔境と呼ばれるアシュロンの森に迷い込んでいたのを。


「オ前ハー、スライム、カー?」

「みっ!?」


 だから、突然かけられた声に、文字通り驚いて飛び上がる。


「怯エルーナ、我ガー同胞ーヨ」

「みー……!?」


 のそり、と。声の主は姿を表す。

 友好の証か、前足がそっと、差し出される。

 大きい。見上げるほどの巨体を誇っている。

 震えるスライムに、そいつは優しく言う。


「ワターシハ、オ前ーノ味方ーダ。話スーガーイイ、我ガー同胞ーヨ。一体、何ーガアッターノーダ!?」






【名無し】の剣士が見たところ、チーム【ホーリー・アックス】は、チーム【銀の一角獣】の面々より少し歳上の二人組の冒険者チームだ。

 きらびやかな金属鎧を纏ったマッシュルームカットの金髪の少年がイリアス、純白の仕立ての良さそうなローブを纏った人参色のゆるふわロングの少女が、アニエスというのだという。

 よく似た顔立ちをしている。少女の方が少年を「お兄様」って呼んでいたから、恐らく兄妹。


「パパから新しく買ってもらったマジックアイテム、【千里を見通せる眼鏡】を試しに使っていたら、君たちチーム【銀の一角獣】がスライム相手に苦戦しているのが見えたんでね」

「ええ、だから、このわたしがこの【桃薔薇水晶の杖】にパパから新しく使えるようにしてもらった炎嵐フレイムストームの魔法で一掃してあげたのよ」


 あと、【異世界】の物の価値を知らない【名無し】の剣士が見てもわかるくらい、かなりいい装備をしていた。

 だが、使い込まれている感があまりない。


『…………』


 それより、気のせいだろうか。どういう意味か分からないのに、「パパ」という言葉にひどい嫌悪を憶えるのは。


「どうした?」

『……いや』


 しかし、分かることが一つだけ。


『こいつら、金持ちのぼんぼんか?』






 依頼主のクレイトンは、大喜びだった。

 思ったより早く片付いたのもあるだろう。なにより、牧場に無礼をかましてくるスライムがいなくなったことに。感謝の気持ちに、大きなチーズの塊をくれたし。

 依頼を無事完遂できたのなら、もうここには用はない。

 ブレンダの街に戻り、冒険者ギルドに報告して、報酬を受け取るだけ。


「待ちたまえよ、チーム【銀の一角獣】。ブレンダの街まで一緒に行こうじゃないか」


 ごとごと、と。

 馬車に揺られてブレンダの街に帰る道中、チーム【銀の一角獣】の面々はぶすくれていた。

 隣を、二頭の従魔が走っている。イリアスとアニエスをそれぞれ乗せたそれらは、前半身裸が猛禽類、後半身が馬の姿をしたもの。


『なんだあの、鳥と馬が合体したようなの』

「あれも魔物だ、ピポグリフという」


 興味深げに眺めていたら、ディスコルディアが教えてくれる。


『へぇー、あんなのもいるのか。面白いな、【異世界】』


 これがいけなかった。


「珍しいでしょ? ピポグリフっていうのよ」


 なにも知らない【名無し】の剣士に、アニエスは得意げだ。


「遠乗りに丁度いいの、この子たちも」

「どうせそいつらも、パパに買ってもらったんだろ……」

「ええ、そうよ! 特攻猪アサルトボアの討伐記念のお祝いにね!」


 吐き捨てるように言うブロッソンに対し、アニエスは、得意げだ。負け犬の遠吠えを楽しむ、絶対勝者の笑みを浮かべている。

【名無し】の剣士は、目を眇めた。個人的に、チーム【ホーリー・アックス】を好きになれそうにないのだ。

 こいつらは、決定的にチーム【銀の一角獣】の面々とは違う。生きるため、食べていくために冒険者をやっていない。ただ、道楽のために冒険者をやっている。

 態度と言動から見えるのは、誰かの上に立ちたがるつまらない人間性。

 なんとなく、思い出す。幼少時、夏の暑い日に外を歩いていたら、スイカの皮を投げつけられたことがあった。驚いて尻もちをついた、まだ【名無し】の剣士ではなかった幼い彼を、相手はひどく嘲笑ったのだ。「夷狄いてきのできそこないめ、あっちに行け!」ーーと。

 あれは確か、商家の跡取りの一人息子だったか。


「ところで、キミ、デッド・スワロゥっていったっけ?」


 そんな【名無し】の剣士の気持ちなど、知る由もないのだろう。

 尊大な笑みを浮かべながら、イリアスが話しかけてくる。


「見たところ、腕が立ちそうだな。どうだ? チーム【ホーリー・アックス】に入らないか?」

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