第110話


 翌日。


「さあ、今日も仕事〜、お仕事〜」


 冒険者ギルドの扉を、【名無し】の剣士たちは潜る。

 今日も、「白札」の無難な依頼を受けるつもりだった。

 のだが――


「デッド・スワロゥさん、ちょっといいですか?」


 受付嬢のドゥから、声がかかる。


「ご指名の依頼が来ていますよ」

『……は?』


 首を傾げる【名無し】の剣士に代わって、ビリーが答える。


「どこのバカだ、冒険者になりたてのトーシローを名指しすんのは!」

「チーム【銀の一角獣】の皆さんです。「赤札」依頼の間、「黄札」依頼を引き受けて欲しいとのことです」






「ビリーさん、冒険者が冒険者を雇うのって、ありなの?」

「一応ありだぜ」

 待ち合わせ場所に向かう道すがら、ビリーはキリの疑問に答える。

「今回の依頼は、「赤札」の依頼をきちんとこなす間、周囲の脅威から護ってくれって「黄札」の依頼なんだ」

「えーっと……それは、つまり?」

「簡単に説明するとだな……キリちゃん、一昨日、毒蛇に襲われかけたろ」

「……うん」


 キリは、頷く。

 あの出来事で、キリは冒険者の仕事の大変さを思い知った。

 依頼をこなさなきゃいけないのに、それ以外にも気を配らなければいけないのだ。そうしないと、大変な思いをしているのにお金が入らない。それどころか、命をなくす。


「今回の依頼は、依頼人が依頼をこなしている間、あの毒蛇みたいなのから護って欲しいっていう依頼なんだ」

「えーっと……それはつまり、デッド・スワロゥに依頼をしてきた冒険者が、自分たちの依頼を安全にできるように護ってほしい、ってお願いしてきたってこと?」

「そーゆーこと! ちなみにキリちゃん、今の会話で「依頼」って言葉が何回出たか覚えてる?」

「えーとぉ……」

「キリ! このバカチン【騎士ドラウグル】の戯言に、真面目に答えようとしなくていいのよ!」






『馬車? がいっぱいだな』


 そこは通称、馬車道通りと呼ばれる場所である。

 馬車が一つブレンダの街を出た――かと思えば、それと入れ違うよう、また別の馬車がブレンダの街に入ってくる。

 その種類は様々だ。荷を乗せるものがあれば、人が乗るものもある。造りが簡素なものから、豪奢なものまで。


「……いつの時代も、男というのは乗り物が好きなのだな」


 目を輝かせる【名無し】の剣士の傍らで、ディスコルディアは呟いた。

 正直、見ていて飽きない。

 それもこれも――


「ほら、どいたどいた! ぼやっとしてたら、轢いちまうよ!」


 一台の馬車が、目の前を通り過ぎていく。

 ふっくらと膨らんだ帆布の屋根をつけた四頭立てのそれは、幌馬車と呼ばれるもの。

 ただし、牽いているのは馬ではない。


『あれ、鳥だよな? なんか、異様にでっかいけど』


 羽毛でもこもこの体、頑健な鱗に覆われた二本の足、尖ったくちばし、くりっとしたつぶらな黒い目。

 どう見ても、馬ではなかった。

 馬車を牽くその生き物たちは、一見、巨大なひよこである。


「あれは、デザートランナーだ」

『デザートランナー?』

「一見、巨大なひよこだが、驚くほど速く走る。翼は退化していて飛ぶことはできぬが、その身のこなしは恐るべきものよ。なにせ、砂漠の稲妻と呼ばれているのだから』

『あれ、魔物なのか!?』


 アシュロンの森でのことを思い出す。

【名無し】の剣士にとって魔物とは、血に飢えたけだものよりもずっと怖ろしい存在でしかなかった。実際、食べられかけたし。


「案ずるな。あれらがお前たちを襲うことはない。……あれらは、従魔じゅうまだからな」

従魔じゅうま?』

「魔物は魔物でも、人に飼い慣らされた魔物のことだ」


 ディスコルディアは言う。


「この世界には、魔物使いモンスターテイマーと呼ばれる特種な職業者たちがいる。その者たちから、人に従順に仕えるよう躾けられた魔物を、従魔じゅうまと呼ぶ」


 猿のようなもの、蜥蜴のようなもの、狼のようなもの。

 よく見れば、従魔はたくさんいた。

 馬代わりに馬車を牽くものもいれば、鞍が置かれているものもいる。

 察するに、【異世界】では移動手段を馬以外の生き物に頼るのは、割と当たり前のことらしい。

 そうこうしている間に、辿り着く。

 指定された場所にいたのは、少年少女たち。

 装備から察するに、冒険者。


「デッド・スワロゥさんですね?」


 おそらく、まとめ役だろう。軽装鎧を纏い、長剣を佩いた少年が進み出る。


「チーム【銀の一角獣】です。本日はよろしくお願いします!」

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