第109話


 両脇には、相変わらず所狭しと屋台が立ち並ぶ。

 大通りは売り手と買い手と通行人でごった返していた。


「相変わらず、すごいね……」


 あくまでキリの偏見だけど、全部回って内容をきちんと把握するならひと月はかかるかもしれない。

 そんなことを思いながら、キリたちは歩く。

 目指すのは、服を専門的に扱っている屋台。


「えーと、服、服……」

「服をお探しなのかい? お嬢ちゃん」


 声をかけられて、キリは文字通り飛び上がりかけた。


「な、なななななな!?」


 バランスを崩し、尻もちをつかないだけよかったと思う。

 そうならなかったのは、ビリーがダンスのエスコートみたく、腰を支えて受け止めてくれたからなのだけど。


「なんですか、おたく? うちのカワイイ子にどういうご用で?」


 だからだろう。その人物に対するビリーの声が刺々しかったのは。


「いやぁ〜、ごめんねぇ。近くを歩いていたら、服を探してるって言ってたからさぁ」


 にこにこと。

 その女性の顔には、愛想の良い笑顔ばかりが浮かんでいる。


「……で?」

「うん、だからね、ウチがイイ服を売る店を紹介しようかな〜と思ってさ。ぶっちゃけ、ウチの店なんだけど」

「…………」


 敵意や悪意は感じられない。

 だから、悪い人じゃないかもしれないと思う。


「ウチの店、お手頃価格で品揃えいいよ? サイズ色々、色も色々、素材も色々の、色々揃い。来て見て着て損なしを、絶対に保証するよ?」






「そーいや、自己紹介がまだだったね。ウチの名前はリーリー。ここの屋台の店主をやっているんだよ」


 その人物は、リーリーと名乗った。

 鮮やかな緋色の髪をかんざしで綺麗にまとめ上げた、エルフの女性だ。

 萌葱色の和服を、お行儀よく纏っている。


「それで、どんな服をお探しなんだい、お嬢ちゃん」

「えっと、えっと……」

「さっきも言ったけど、ウチの店はサイズ色々、色も色々、素材も色々の、色々揃いなんだよ」


 その言葉通りである。

 リーリーの屋台は、大通りから少し離れた片隅にあった。

 支柱とロープを使って設営する布状の屋根の下には、沢山の服がある。


「ふぅん……」


 偶然だけど、当たりを引いたかもしれないと、ビリーは思った。

 地面にはシートが敷かれ、その上に移動式の折りたたみラックが置かれている。ぶら下がるハンガーにきちんとお行儀よくかかるのは、種類も色彩も豊富な様々な服たち。

 片隅には、簡易式の試着室。どうやら、試着できるらしい。あと、裁縫道具が乗っかった作業机があった。側には、「お直し、承ります」という張り紙がある。


「ささ、どうぞ、お嬢さん。ゆっくり見ていってよ。気に入ったのあったら、遠慮なく言ってちょうだいね」






「いざ、お披露目! じゃじゃーん!」


 簡易式の試着室のカーテンが開かれる。


「ど、どうかな?」


 顔を赤らめ、もじもじしながら、キリは聞いてくる。


「に、似合う、かな?」

「おー、いーじゃん! 似合ってるぜ、キリちゃん! カワイイ!」

「そ、そう、かな……?」


 試着室から出てきたキリは、新しい服を纏っていた。

 気になった服に合わせて、リーリーがコーディネートしてくれたものだ。

 シャツの上に、紐飾りフリンジがデザインされたベストジャケット。履くのは、刺繍入りのズボン。首元には、ビジュー付きのリボンタイ。その上に、ゆったりとした外套をふんわりと。


「うーん、少し裾が長いかな? 後で、お直ししようか」


 それは、そのまま冒険者として通用しそうな動きやすさと、キリの少女としての可愛らしさを最高に引き出したファッションだった。

 ちらり、と。デッド・スワロゥの方を見る。


「ど、どう、かな? ……似合、う?」


 返事は、勿論、沈黙。

 だけれども――


 こくり、と。

 キリは、はっきりと見た。軽くだけれども、デッド・スワロゥが頷いたのを。


「やった!! ありがとうっ!」

「…………」


 その背後のディスコルディアが、まだ熟していないりんごを齧ったみたいな、すごい顔をしていたのは言うまでもない。


「そーだ! 折角だしそこのおにーさんもなにか服選びなよ。安くしとくよ」

「じゃあ、わたしも選ぶの手伝ってあげる!」

「……金出すの俺なんだけどなー……って、聞いちゃいねぇし」


 だからキリは、これでほんの一歩だけかもしれないけれど、デッド・スワロゥの隣に近づけたような気がして、嬉しかったのだ。






「いざ、お披露目! じゃじゃじゃじゃーん!」

「うわぁ! すごい……!」

「ヒュウ♪ 着物美人さんのご登場〜!」


 簡易式の試着室のカーテンが開かれる。

 新しい着物を纏い、颯爽と流した【名無し】の剣士の姿を見たキリは歓声を上げ、ビリーは口笛を吹いて囃す。


『へぇ……なかなかいいもんだ』


 身振り手振りではあったけれど、どうやら通じたらしい。

【名無し】の剣士が希望した通りのものを、リーリーは出してくれた。


『に、してもだ』


 こつんこつん、と。

【名無し】の剣士は、靴先で地面を突く。


『ブーツっていったか、これ? 鉄枷はめられてるわけでもないのに、足全体に変な束縛感があるんだが』

「…………」

『あと、靴下とかいうやつ。なんか変にもこもこするし、親指と人差し指が直に密着するってのは、なんともいえない変な感じがするし。これ、新手の拷問に思えなくもないんだけど』

「…………」

『それはさておいて……なあ、ディスコルディア。これ、似合うか?』

「…………」

『ディスコルディア?』

「あ、ああ……そうだな」


 返答は、大分遅れて返ってきた。


「流石はこの【魔神】ディスコルディアの【騎士ドラウグル】。なかなか似合ってるではないかっ! これぞ、立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花 っ! フーフフフフ♪ ついでに、三千世界の烏を鏖殺みなごろし、お前と朝寝がしてみたいっ!」

『……つーか、ディスコルディア、罪なき烏を無闇に殺めんのはどうかと思うぞ』

「そういう意味で言ったのではないわっ! 察しろっ、空気くらい読まんかっ!」






「……合計、6万飛んで500イェンかぁ……」


 覚悟はしていたが、服代はそれなりにかかった。

 軽くなってきた財布に、ビリーはため息を吐く。


「まあ、新品の服だし、それくらいするよなー……ははは」

「ははは、で済ませていい問題なのかしらなのよ、これは」

「別にいいって。無くなりゃまた、稼げばいいんだよ」

「……貯金すればいいのに、なのよ」

「冗談きついぜ。信用できっか、銀行なんざ。いいか? 無法者アウトローにとって銀行ってのはな、あくどい資産家がガッツリ貯め込んだ財産を、「手を上げろホールド・アップ」の合言葉で譲っていただくための貯金箱なんだぞ」

「……世紀末でもないくせに修羅の国なのよ、時のアメリカ西部開拓時代の思想って」

「なんだよ、修羅の国って!? つーか、アメリカ大陸西部ワイルドウエストじゃそんなの普通だっつーの!」

「どう考えたって普通じゃないから、修羅の国って言ってるのよ!」


 この時、ビリーは完全に失念していた。


「……お客さん、大丈夫!? 疲れてない?」


 それを自覚するのは、こちらを見るリーリーの視線だ。なんか、可哀想な子を見る目をしている。

 ツッコミに返すのに必死だったから忘れかけていたが、【魔神】は基本、【騎士ドラウグル】以外にその存在を認知されないのだ。


「あー、畜生……踏んだり蹴ったりもいいところじゃないかってんだよ、もう。バカー、修羅の国の、バカー」

「あははー、ウチにはなにがなんだかわからないけど、お客さん、大変そうだね。あ、そうだ!」


 特に言及されなかったから、リーリーはおそらくビリーの苛立ちからくる独り言だと思ったのだろう。

 その提案をしたのは、それを和らげようとしたからなのかもしれなかった。


「気晴らしに、占いでもやる? 姓名判断的なやつ」

「占い?」

「将来を予想するみたいな、大したものじゃないけどね。いっぱい買ってくれたから、特別に無料でやってあげるよ」


 そして――


「はーい、じゃあこのメモに自分の名前を書いてね! あだ名とかじゃなくて、本名でね。フルネームで頼むよ」



 ただほど高いものはない。

 それになにより、不意に提示される値引きは、思わぬ時に自身の心臓を握られることになる。

 ビリーはこの時、そこまで知っておくべきだったのだ。






 夕日が差す。

 その下で、リーリーは一人、屋台を片付けていた。

 屋根を下ろし、簡易式の試着室を分解し、服を丁寧に畳む。


「あの人たちが、そうなのかい?」


 顔も上げずに、リーリーは言う。


「見たところ、普通の人たちだったよ。ウチの服を普通に服を見て、着て、買ってくれた。……なにより、心から喜んでくれた」

「あなたは本当に、他人を見るがないよ。……あれらは【騎士】。時に世界すら滅ぼしかねない、恐ろしい存在」


 背後から、返事。

 呆れるような、憐れむような、苦笑を含んだ。

 対し、リーリーは、ため息と同時に吐き捨てる。


「だとしても、だ。ウチのお客さんを、あれ呼ばわりしないでくれないかい?」

「上に立つものとして、当然のことを言ったまで」

「…………」


 リーリーは振り向く。

 立つのは、黒髪の青年。

 そして、銀髪のエルフ。

 焔とシルヴァーナ。

 共に、ブレンダの街の冒険者ギルドにいた冒険者たち。


「それで、リーリー」


 シルヴァーナは問う。


「件のものは、手に入れることはできた?」

「はい、これに」


 リーリーは、懐から折り畳んだ紙片らを取り出す。

 先程、姓名判断的な占いをやると嘘をついて手に入れたもの。


「このような場所までわざわざご足労おかけしてしまい、誠に恐縮です」


 お互い、本来の正装ではない。

 互いの立場を示すものもない。

 だが、リーリーは二人に対し、臣下の礼をとる。


「我らエルフの王族たるユグドラシル家、その頂点におわすいと高き女王陛下のご息女が一人、シルヴァーナ皇女。その近侍たる焔様」


 不穏は、静かにやってくる。

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