第108話
「今日は、仕事は午後からにしようぜ」
宿屋の朝食の席で、ビリーは言った。
「ちーとばかり、入り用なもんがあるんだわ。そーゆーわけで、食ったら市場に行こうな」
「買い物なら、お仕事の後でもいいと思うよ?」
キリは、首をかしげる。
そして、ふと、違和感をおぼえた。
「……ビリーさん、あの……」
「んー?」
「ビリーさんって、特殊なスキル持ってますよね? 欲しい物だったらなんでも取り出せるスキル」
「まあねー」
「わざわざ買い物に行って買うより、それで取り出した方が節約になるんじゃない、かな?」
実際そうだ。
ビリーは「欲しい物をなんでも取り出すことが出来る」という、異能チートスキルを使うことができる。
だから、欲しい物だったらなんでも取り出せるはずなのだ。
なのに、わざわざお金を使う必要なんてないはず。
この時までキリは、ビリーのスキルは万能なものだと思っていた。
だって、チートスキルだし。異能って変な言葉がつくけど。
「あー、それなんだけどなー……あれなー、制限があるんだわ。それも、クッソ面倒くっせぇの」
「え……?」
キリは、目をぱちくりさせる。
チートスキルについて、キリは一応知っているつもりだ。
【女神】がかの【転生者】に授けたという特別なスキル。
それを用いることにより、【転生者】は【魔王】を倒し、【魔王】が率いる軍勢に壊滅的な打撃を与えた。特にピンチに陥ることなく。
「それって、どういう」
「それについては、道中で色々教えてやるよ」
小さくなったパンの欠片をスープの残りで飲み下すと、ビリーは立つ。
「そういうわけで、キリちゃん、好きな色とかある? あと、スカートとズボンどっちがいい? スカーフとタイのご希望は? あ、ブーツなんかもいいんじゃね?」
「え?」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
でも、これから連想されるものは分かる。
「もしかして……あ、わかった! 買うのものは服だね!」
「正解! ……ってなわけで、飯食ってらキリちゃんの服を買いに行くぜ、野郎ども!」
「……え!?」
大通りへ続く道を歩きながら、正直、キリは戸惑っていた。
キリの服を買うのだと、ビリーは言っていた。
服を買うということは、新しい服を手に入れるということ。
キリは別に新しい服なんてなくてもいいと思ってる。今着ている服があるから。
「ビリーさん、新しい服なんていいよ。まだこれ、着れるし」
「着れるだけ、だと俺ぁ思うぞ」
ビリーは言う。
「でも、でも……」
「ぼろぼろじゃん、それ……これまでのことが分からないわけしゃあねぇけど」
「……うん」
ビリーの言う通りだ。
キリが着ているのは、滅多に着ないよそ行きのワンピースドレス。
結婚式のために着ていたそれは、数々の騒動をくぐり抜けてきた今となってはもう、ぼろぼろだ。
飾りボタンは無残に割れ、肩や袖の飾りレースはぐちゃぐちゃになり、裾には穴が空いている。
宿の女将に頼んで裁縫道具を借り、修繕する手がなかったわけじゃないのだけれど――
「流石にさ、そのままじゃよくないと思うぜ」
「……そうかもしれないけど、でも……手放したくないよ。針を変なふうに入れて、おかしくするのも嫌だよ。……だってこれ、トルシュ村のみんなからのプレゼントなんだよ」
「だから針を入れていじりたくなかったってわけか。でもなー、だからってずっとそのままじゃ……」
気持ちが分からないわけじゃない。
だけれども、現実を優先させなきゃいけない時だってあるのだ。
ビリーは、傍らをちらりと見やる。
「なぁ、イシス。ちょっといいか?」
「なによ? 我が【
浮遊しながら付いてくる、【魔神】イシスと目が合う。
「どーすりゃあいいと思うよ? 俺、女のそういうの、もうこんなんだからよく分かんねーんだよ……マジで」
ビリーとキリが問答する、その後ろを歩く【名無し】の剣士は、ふと思う。
激戦続きだったせいだろう。纏う着物は、だいぶ傷んでいた。
『ここらで替え時かもな』
愛着がない、と言ったら嘘になる。でも、替えたからといって剣先が鈍るわけじゃない。
『ディスコルディア』
「なんだ、【名無し】の剣士」
『着物、この機会に替えようと思うんだが』
「おお、それはよいではないか!」
その一言に、ディスコルディアは嬉しそうだ。
「お前ほどの腕なら、金などいくらでも簡単に稼げる。好きなものを欲し、好きなものを纏うがよい」
そんな彼らの姿を、遠くから見る者がいる。
まだ誰も、気づいていない。
「ふふ〜ん♪ なるほど、アイツらがそうなのか」
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