第107話
それにしても、だ。
【ペパーの武器屋】なる店は、冒険者ギルドほどではないがそれなりに広い。
そして、その内装は壮観だった。
『すげぇな……色んな武器が集っている!』
様々な形状の剣や槍。
なめし皮や鋼の鎧、軽そうなのから重そうなのまである兜。
大小の盾、投擲用と思われる短刀、白兵戦より暗殺に向いていそうな短剣、長弓に短弓、火縄銃。
刀剣、長柄、打撃、遠距離、特殊系。様々な種類の武器が勢揃いしている。
『これは、
「武器屋、と名乗りを上げておるのだ。それぐらいの品揃えをしておかねば、いい笑い者になるだろう。しかし、よくそこまで詳しく知っているな」
『まぁなー』
【名無し】の剣士は、思い出す。
刀を使う者、槍を操る者、暗器を駆使する者。
なにより、自分を破ったあの剣士。携えていた得物、あの奇っ怪な刀剣。
「ああ、そーいえば、辰之助」
かつて生きた世界では、様々な得物を持つ剣士を相手に決闘と闘争を繰り広げた。
だから、武器にはある程度知識がある。
ととと、と。棚に走り寄ったカンザクラが出してきた箱。
「頼まれてた
あらわになった、その中身だって。
宝剣、と言っていいくらい優美な剣だった。
青玉を思わせる宝石が散らされた柄、剣穂は鮮やかな紅の色、黒い鞘には金の装飾。
『こいつは……!』
【名無し】の剣士は、その武器の名を知っている。
かつて生きた世界、海を隔てた向こう、広大な版図の異国、眠れる龍の大国に伝わるもの。
春秋戦国時代と呼ばれる時代、生まれたとされる武器。
「ほぉう、これはまた見事な!」
『すげぇ! ってか、【異世界】に、
闘技場やリングみたいなルールに則った専用の場所ではなく、街中などのルールの無い場所での格闘を得意とする者。
それが、ストリートファイターである。
出会いとデビューは、おおよそ1年くらい前。
【異世界】から帰る手段がない以上、辰之助は【異世界】で生きるしかない。
【異世界】で生きるためには、衣食住が必要。
衣食住を得るためには、【異世界】の金が必要。
金を得るためには、【異世界】で働かなくてはいけない。
持っていた所持品、音楽プレイヤーやスマホ、携帯ゲーム機や勉強道具は、既に手放してしまっている。
与太話だが、思っていた以上の金額になった。「異なった」世界の品物――辰之助がそれまで生きていた世界の品物は「オリジナル」と呼ばれ、高値で売買されている。
少なくなってきた路銀をどうにかやりくりしなければとブレンダの街の片隅で頭を痛めていたところ、冒険者同士のトラブルに遭遇し、口論からの拳と拳の語り合いからの、野次馬を巻き込みかけ、そこを間一髪で助けて――
話すと長くなるので詳細は端折るが、トラブルに関与させられたところをたまたま見かけたモリリンにスカウトされたのだ。「お前、ストリートファイターにならねーか!?」と。
【異世界】で生きていく術を、なにより、コボルトケンジュツを教えてくれた今は亡きコボルトの亜人たちに、辰之助は感謝している。
ある程度の安全が保証されていることとと提示された報酬に、首を縦に振ったのは言うまでもない。
早速、抜いてみる。
曇り一つ無い刀身には、鋭利な煌めきがあった。
「あ、そうそう。モリリンの旦那から伝言っす、「おめーにゃ随分稼がせてもらってるからな、俺様からひとつ、プレゼントだ!」……だそうっす」
「…………」
辰之助は、しばし、
一見、実戦向けには見えない。
でも、ストリートファイトという、実戦を模した試合をやるにはいいものだと思う。だって、見た目がものすごくかっこいいし。
「まあ、昔の一部の時代の中国じゃ剣は武器じゃなくて儀仗用のものだったらしいけど……?」
ぼやいた矢先、強い視線を感じた。
思わず、振り向く。
「なんですか?」
その際、ペットショップのゲージにいるチワワ犬を眺める子供みたく、興味津々な様子のデッド・スワロゥと目が合う。
「……なんですか?」
沈黙が返答だった。
黒い着流し、得物は日本刀。
髪は鮮やかな曼珠沙華の赤、左目をまたぐよう走るばかでかい十字形の傷。
圧倒的な実力差で自分を打ち負かした相手、コボルトケンジュツを使っても敵わなかった男、デッド・スワロゥ。
ストリートファイトでなければ、間違いなく死んでいただろう。
でも、それ以上に――
「……あのー、なにか……」
沈黙。答えどころか、言葉すら返されない。
この場合、どうすべきなのだろう?
正直、辰之助はこのデッド・スワロゥという男が苦手だった。
一言も、喋らないのだ。
なんていうか、ここまで寡黙すぎると、逆に不気味に思えてくる。
ストリートファイトの時だってそうだ。名乗ることすらしなかったし。
「…………」
居心地悪かった。
逃げるべきか、そう思った直後。
「お前な、いい加減にせーよ。青少年が困ってるだろーが!」
辰之助を救ったのは、とすんっ! という、背中を叩く音。
流石に見かねたのだろう、デッド・スワロゥ仲間の一人がその背後からその背を叩いたのだった。
見たところ、少年である。元いた世界で言うところの、カウボーイファッションの。
「はっはっはっ! 青少年、すまんなぁ。こいつ、「異なった」世界の言葉で言うところの「空気読めない」ちゃんなんだわ」
「いえ……まあ、慣れてるんで」
ほっと、息を吐く。なんにせよ、助かった。
その日の夜。
片付いた倉庫のチェックを終えると、カンザクラは自室に戻った。
卓上ランプ変わりに使っているアンティークのカンテラに火を灯し、帳簿を広げる。
あの後、武器屋の倉庫整理はなんとか終わった。
とはいえ、片付けるものが多かったから、思ったより時間がかかってしまったのだけど。
それでも、来てくれただけありがたいと思いたい。一人じゃ、絶対に片付かなかったから。
「しっかし、タイミング悪かったっすね、にーちゃん。
【黒竜帝国】軍ってのは」
と、その時――
細い炎が、揺れる。
壁に映ったカンザクラの影も、また。
「んー?」
カンザクラは、ペンを置く。獣耳を動かしながら、振り返る。
閉めたはずのドアが、開いている。
開けたのは――
「もー! 気配消して立つの止めるっすよー!」
「……すまん、カンザクラ、つい……」
「いいっすよ、別に。にーちゃんの元盗賊としての習性的な行動? なんて、うちは全然気にしてないっす」
「…………」
「それより、どうしたっすか? ひどい夢でも見たっすか? それとも、トイレ? お腹減って起きたんなら、なにか軽く食べるっすか?
ハインツにーちゃん」
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