第106話
正直、驚いた。
もう、会うことはないと思っていたから。
そいつの名は、デッド・スワロゥ。
前回のストリートファイトの参戦者。
それまで無敗だった辰之助を圧倒した男。
「なになに、お客さんのお知り合い?」
「え、あ、知り合いって言うかなんていうか……」
正直、どう説明すればいいのか困る。
辰之助のコボルトケンジュツを破った、唯一。
聞くところによれば、新人の冒険者らしい。
故に、辰之助は巻き込まれることになる。
「……おおおっ! あの人らはもしやっ!?」
止める間もなかった。駆け寄るその勢いは、ち○ーるかモン○チを目にした猫の如し。
「よーやく来てくださりましたか! お待ちしてたっすよ、冒険者さんたち!」
狼の獣人の少女は、カンザクラと名乗った。
なんでも、この【ペパーの武器屋】の副店長兼、武器職人であると。
「冒険者ギルドに依頼を出してたんっすけど、誰も来てくれなくて困ってたんす。しゃーないから、モリリンの旦那と辰之助に頼んで手伝ってもらってたんっす。そしたら、モリリンの旦那があんなことになっちゃって……どーなることかと思ってたんっすけど、いやー、助かったー」
曰く、冒険者ギルドに倉庫整理の依頼を出していたのだという。
曰く、なのに未だに誰も来なくて困っていたのだという。
曰く、常連客のモリリンと辰之助に代金の値下げを条件に手伝ってもらっていたのだという。
曰く、その矢先のアクシデントからの冒険者である【名無し】の剣士たちの登場だったのだという。
カンザクラが勝手に話す内容をまとめると、こんな感じだ。
そういう理由があって、【名無し】の剣士たちは倉庫整理をやらされている。
「終わったら、お茶にするっすよー!」
えっちらおっちら荷物を運びながら、カンザクラは上機嫌だ。
「ホント、なんか、スミマセン」
「まー、気持ちが分からないでもねーんだよ」
指示された場所に木箱を運びながら、ビリーは辰之助に返す。
「……これ、俗に言う「白札」依頼だからな。報酬、少ないんだよな」
『白札?』
【名無し】の剣士は、ふと、思い出す。
冒険者ギルドのボードに貼られた、無数の依頼書。確か、様々な色の紙に内容が書かれていた。
覚えている限り、白いのを含めて、赤、青、黄——の四色あった気がする。
『そーいや、さっきの薬草採取の依頼は、白い紙に書いてあったよな? ってことは、あれも「白札」依頼ってことになんのか? いや、そもそもの意味がわかってないんだよな、俺って』
そんな【名無し】の剣士の疑問は、キリの口から代弁されることになる。
「ビリーさん、さっき言ってた「白札」ってなに?」
「「白札」ってのはな、一言で言えば、ギルトに登録したての初心者とか気持ち程度の金が必要な冒険者向けの依頼が書いてあるんだよ。それが白い紙に書いてあるから、冒険者の間じゃ「白札」って呼ばれてんの」
「へぇー」
「このあたりのことは、受付のねーちゃんとか先輩冒険者に聞くと教えてくれるぜ」
『……なるほどな』
察するに、新人の冒険者は「白札」の依頼をこなすことによって、冒険者としてのやり方を覚えていくのだろう。
文字が読めなくても、周囲に聞く、或いは察することで、「白札」=初心者向けの依頼と理解していくのだ。
ミウという受付嬢の女が言っていたが、冒険者ギルドに登録すれば色々な支援が受けられるという。話を聞く限り、その中に文字を教わることができるものがあったように思える。
『そういう仕組みか、冒険者ギルドってのは。こいつはまた、上手くできてるもんだ。他の色のの札の依頼を受けたきゃ、自分で色々やって経験積んでけってことか』
「ちなみに、他の色の依頼って、どんなの?」
「他の4つは……「赤札」は魔物討伐、「青札」は物資運搬、「黄札」は人物護衛、
「黒札」は」
言いかけて、ビリーは口を噤む。
「ビリーさん?」
「やっべ、俺としたことが……口が滑ってもーた」
『……?』
「……あれは、うん、知らない方がいいと思うぜ。キリちゃんなら尚更」
後に、ブレンダの街の冒険者ギルドに、一枚の「黒札」が貼りだされることになる。
その渦中の存在にさせられた【名無し】の剣士は、割と窮地に陥る羽目になるのだけれども。
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