第104話


 一言で言い表すと、完璧な円形である。

【異世界】のお金というものは。


「まさかとは思うけどさー、お前ってばさー、実は石器時代の人間だったりする? 貨幣見ただけでこんな新鮮な反応するか?」


 手のひらの貨幣、やや金色がかった銀色の貨幣をしげしげと眺める【名無し】の剣士を、隣を歩くビリーはあきれた目で見ている。

 ブルースプラウトの採取を終えた一行は、冒険者ギルドへと戻った。

 そして、受け付け嬢のドゥに集めたブルースプラウトを渡せば、依頼達成の報酬が支払われる。


「今回の報酬は、一人3000イェン。時給換算すると、一時間1000イェン、俺ら二人で6000イェン。ちなみに、イェンってのは、貨幣の単位のことだ」


 ビリーが言うに、この【異世界】には当然経済というものが存在しており、それの担い手となる貨幣もまた、存在しているという。

 種類は、鉄貨、銅貨、白銅貨、銀貨、ミスリル貨、金貨、太陽金貨の7つ。

 価格は鉄貨が100イェン、銅貨が500イェン、白銅貨が1000イェン、銀貨が5000イェン、ミスリル貨が10000イェン、金貨が100000イェン、太陽金貨が1000000イェン。

 ちなみに、太陽金貨は国家間のやりとりなどに主に使われるため、一般にはあまり出回らないそうだ。


『…………』


 正直言って、言われたところでちんぷんかんぷんである。

 つまり、一時間ーー時計の長い針がぐるりと一周する時間ブルースプラウトを採取して1000イェン稼いだことになるのだろう。


『わかんねぇな。それって、高いのか? 安いのか? どうなんだ、ディスコルディア』

「かなり安い方だと思うぞ。なにせ、冒険者としての初仕事なのだからな」

『うーん……』


 そうして冒険者ギルドを後にし、一行は通りに出た。

 時刻は、昼時。

 時々通り過ぎる食堂の看板を出している店は、冒険者や昼休みと思われる労働者たちでにぎわっている。


「ああいう店だと、1000イェンで定食が一食分食える。だけれども、ほんの少し節約したかったら、ほれ」


 そう言ってビリーが指差す先には、食べ物の屋台が沢山あった。


「ああいうところで少しずつ買って食べると、ほんの気持ちだけど浮く。屋台主との交渉次第じゃ、だいぶ安く済むこともあるしな。あ、でも、中にはたまーにタチの悪いぼったくりがいるから、その辺は気ぃつけろよ。で、何食う?」

『え〜……』


 串焼き、パン、揚げ物、蒸し物、包み焼き、汁物、飲み物、菓子、果物。

 正直、よりどりみどりすぎてなにを選べばいいのかわからないのだ。


『正直言って【異世界】飯、ゲテモノじゃねぇんだけど……食べてみてのお楽しみの魑魅魍魎の百鬼夜行なんだよな』

「デッド・スワロゥ、あれなんかいいんじゃない、かな? おいしそうだよ?」


 そうして、迷いの思考の迷路に片足を突っ込みそうになった。

 しかし、キリに袖を引かれて、それは未然に終わる。


『ん?』

「あれ」


 キリが指差す方向に、その屋台はあった。


『ぅおおおぅ!?』


 一見、超巨大な肉塊である。垂直に立てられた、太く長い金属の串に刺さった。

 全体に火を通すためだろう。なにやら仕掛けが施されて自動で水平にくるくる回転するそれの後ろにあるのは、赤々とした炎が中で踊るかまど。

 屋台主の人間の男の手には、ナタを思わせる大きな包丁があった。器用に動かして、表面の焼けた部分を削ぎ落とすように薄く切っていく。

 それを、半月型の薄いパンと思われるものに野菜と一緒に挟むと、液体状の調味料「ソース」らしき物を入れる。

 面白いので見ていると、視線を感じたらしい屋台主と目が合う。


「うちのケバブ、美味しいよ。にーちゃんたち、お一つどうだい?」













 薄い半月型の白いパンに薄く切った肉と彩り豊かな野菜が挟まっているそれを、大口でばくりと豪快にやる。

 何故だが分からないが、座らず歩きながらむしゃむしゃやるのが楽しい。


『うめぇ〜! ナニコレすんげぇうめぇぇ!』

「そんなにがっつくなよ。ガキじゃねーんだから。あ、確かにこれうめぇわ」

「うん、これ、すっごく美味しいね!」


 正直に言って、「ケバブ」なる【異世界】飯は絶品だった。

 パンは宿の食事で出されるものとは違うもちもちとした独特の食感、薄切り肉は程よく甘辛い味が染み込み、「キャベツ」なる野菜はシャキシャキと歯ざわりがよく、「トマト」なる野菜は程よく酸い。

 極めつけは「ソース」。甘くもなく、辛くもなく、酸くもなく、しょっぱくもない。なのに、まろやかで異様に美味い。


『一体、どうやったら、そんな奇天烈な味が出せるんだ!?』


【名無し】の剣士は、驚きを隠せなかった。

 だが、これはまだ序の口だったのだ。


「あ、そーだ! これ、飲むか?」


 ビリーから、なにかを差し出される。

 それは、小ぶりなガラス瓶だった。中に、なにか液体が入っている。

 一見、舶来品の酒――ワインを入れるものに見えなくもない。


『ワインって、こんな樹液みたいな色のガラス瓶に入っていたっけか?』

「あんたの国の時代じゃ、まだだったか? ビールだよ。人類の叡智の結晶、酒さ。これがまた、ケバブに合うんだよ!」


 結論。

【異世界】飯は、食べてみてのお楽しみの魑魅魍魎の百鬼夜行。

 ただし、当たりを引けば新鮮な驚きと満足が得られる。

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