第102話
引っこ抜いたものを、【名無し】の剣士はしげしげと眺めた。
ポーション――液体状の飲み薬の材料になるというブルースプラウトは、見た感じぺんぺん草だ。
しかし、引っこ抜いてみると、葉が鮮やかな青い色をしている。
『うーん……幻想感ありまくりだな』
「当ったり前だろ。ここはお前が生きた世界とは違うんだからな」
『…………』
「うん? どーした? 我が同胞たる【魔神】ディスコルディアの【
『なあ、お前……いつになったら帰るんだ?』
「おいおいおいおい、そんなつれないこと言うなよ! そんなこと言われたら、おねーさんは悲しいよ? 泣いちゃうよ?」
モスグリーンの軍服姿の少女――否、【魔神】ミスラは、ブルースプラウトをむしる【名無し】の剣士を楽しげな眼差しで見ていた。
嘆息する。昨日からこうだ。無視しても無視しても、しつこく付き纏ってくる。
「なぁなぁなぁなぁ! つーか、この【魔神】ミスラが泣いていいってのか? つーか、お前男のくせにか弱い女を泣かせていいのか? なぁおいてめぇ、なんかおっしゃいやがれよコラ」
はっきり言って、鬱陶しい。いい加減まとわりつくのをやめてほしい。
だからおそらく、そんな願いが通じたのだろうと思う。
「……ちぇスとォオオオオ!!」
「おぶぇああああ!?」
飛び蹴りは、見事に炸裂した。
もろにくらったミスラは、吹っ飛ぶ。
そんな様を見ながら、放った当人のディスコルディアはどこか満たされたような顔をしていた。
「フンッ……この、
『流石にやりすぎじゃないのか?
「
ふんすっ! と鼻息荒く、ディスコルディアは【名無し】の剣士の傍らに降り立つ。
「故に こうしてむしり取ってやったのだ、ふはははは!」
『…………』
察するに、【魔神】たちにも主義主張があるらしかった。一つの確固とした信念に貫かれているわけではないようだ。
それにしても、言い寄ったり怒ったり嫉妬したり、忙しい。
正直、らしくないと思う。なんていうか、人間臭い。
「なんだ?」
『いやなに、俺が知るどんな人間よりも、お前らの方がずっと人間らしいと思った。ただ、それだけさ』
「…………」
『ディスコルディア?』
【名無し】の剣士は別に、何か狙って言ったわけではない。
その時浮かんだディスコルディアの表情は、はたしてなにを表していたのか。
まだ恋も愛も知らない少女が、愛の言葉を囁かれたような、額に口づけを施されたような、ひどく驚いたような様は。
それはまるで、人間そのもの。
外見そのまま、年相応の少女の。
『おい、そんなに驚くことか? お前らしくないぞ』
死に瀕していた【名無し】の剣士をそれまで生きてきた世界とは異なる世界に引っ張り込み、【
『……ディスコルディア?』
流血に歓喜し、闘争を望み、死を好む邪悪。
【魔神】は、ディスコルディアは、そんな悪逆無道の存在ではなかったのか?
イシスはやや早足で進んでいくビリーを追いかけながら、長く長く、嘆息する。
「ばっかみたい……」
【名無し】の剣士は、恐らく【
だから、【魔神】たちの目的だって知らないはず。
【魔神】たちが、一体何者であるのかすら。
だから、ディスコルディアを心から信頼している、嬉々として受け入れている。
「そうでなくとも、堕とされたのよ? 人外の化物に」
「人間としての部分を、
振り返らず、ビリーは言う。
「つーか、全てを知ってなお、お前ら【魔神】と本気で仲良くしようなんて奴、いるはずねーべ? それ考えたら、ディスコルディアの奴、馬鹿じゃん」
「……我が契約者たる【
ビリー同様、イシスも思う。ディスコルディアは愚かであると。
始まりは、一つの死。
死の間際、堕とす。
無念の死を迎える前の誘惑に抗える者などいない。
契約を交わし、望まざる
転生から、共に征く。
地獄の果てまで、一蓮托生。
それが、それだけが【魔神】とその契約者たる【
だが、ディスコルディアは、【名無し】の剣士にそれ以上のものを求めてしまっているように見えてならない。
例えば、絆。
あるいは、友情。
もしかすれば、愛。
「バカバカしい……」
無駄なことだと、最初からわかっているはずだ。
「……一体、どうして……なのよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます