第101話
「ビリーさん、【勇者】ってなに?」
「あー、勇者ってのはなー……まあ、冒険者のトップオブトップってところみたいなもんで……」
【勇者】とは、称号である、全ての冒険者のたちのトップに君臨し、いかなる魔物にも対抗しうる、最高戦力の。
その称号は冒険者だけでなく、全ての人の尊敬の対象となる力を持つ。
国によっては、近衛兵以上の待遇を用意し、贔屓するところもあるのだとか。
ビリーが語ったことは、ざっとこんなことだ。
「じゃあ、あのジュリアスって人」
「通称、【巨人殺しの勇者】のジュリアス。何年か前、三の村と町一つを滅ぼした巨人ガノカノトゥスを討伐した、実力者だ」
「じゃあ、すごい人なんだ……」
「まぁな」
ただし、すごいのは冒険者としての実力だけ。
ビリーが知る限りのジュリアスという人物は――
「さあさ、お仕事だ。お仕事に行きましょうぜ」
故に、キリには関わらせたくなかった。
デッド・スワロゥにも、同じく。
「君が、デッド・スワロゥ君かい?」
されど、一足遅かった。
ジュリアスが、進み出る。
「君の活躍は聞いているよ。A級のラガン君を倒したそうじゃないか。それだけじゃなく、冒険者としての人生も終わらせたとか」
【名無し】の剣士は、ジュリアスと呼ばれた男を見ていた。
外見は、非常に美しい。
身に纏うのは、かつて生きた世界とは違う甲冑。
非常にきらびやかだ。まるで、武将が纏うものみたく。
かなりの値打ちものだと、【異世界】のものの価値を知らない【名無し】の剣士でも分かった。
そんなものを、こいつは個人で所持している。
『こいつ……どうやら結構やれるようだな』
「しかし、感心しないね」
ジュリアスは、端正な顔をしかめた。
「聞けば、事の発端は、ラガン君の所持品のダークエルフの亜人の奴隷の不手際だっていうじゃないか」
『…………』
「下賤な奴隷である前に「悪しき」存在であるダークエルフの亜人なんかのために、有能な冒険者の未来を潰すなんて、褒められることじゃない。【転生者】様が聞いたら、きっとお嘆きになられるだろう。いいか、デッド・スワロゥ君」
正直言うと、この時ほど、【名無し】の剣士は【
その間にも、ジュリアスは【名無し】の剣士の非常識の糾弾と「悪しき」存在である亜人の愚劣さ、更に、【転生者】の偉業について語っている。
その内容たるや――
『……ふっざけんな』
【異世界】を、まだ【名無し】の剣士はほとんど知らない。勿論、【異世界】が抱える事情だって。
でもだからって、不当な差別に、不条理な運命に晒される無力な子供の虐待が正当化されることが正しいとは思えない。
「見たまえ。その理想に泥を塗るという愚行を犯した結末が、あれだ。そこの万年低ランクのカギタハ君は生き恥を晒しながら、底辺をずっと這っている。デッド・スワロゥ君が賢明なら、ああはなりたくないはずだ」
差別主義者の異常な思想が、正義としてまかり通っていることも。
「デッド・スワロゥ君。少しは常識というものを分かりたまえよ。それが、かの【転生者】様が僕たちに望まれたことなのだから。分かったかい?」
そう言って、ジュリアスは笑いながら手を差し出してきた。
勿論、【名無し】の剣士はその手を握り返さなかった。
場の空気が最悪になったのは、言うまでもない。
一行は、冒険者ギルドを後にした。
その際、ビリーは背中に粘ついた視線を感じて軽く振り向く。
視線の主は、結果としてデッド・スワロゥに喧嘩を売りつけられたジュリアスではなかった。ジュリアスに付き従うエルフの姉妹、シンディとマーライアだ。
こちらを睨んでくる色違いの眼には、ねっとりした悪意があった。
笑みを浮かべ、ビリーは軽く手を振る。
だが、冒険者ギルドからある程度離れた時、形だけのそれを引っ込めてぼそりと呟いた。
「……あー、マジムカつく。あの性格ブスども、便器に頭突っ込んで死ねばいいのに」
――と、まあ、これが先程のあらましだ。
「今だから言うけどさ、正直、俺、あいつが今度冒険者ギルドで余計な騒ぎを起こしたら、
「ビリーさん、笑えない冗談やめてよ」
「うんにゃ、俺は本気だったぜ。「異なった」世界の言葉で言うところの、マジ
キリの、ブルースプラウトをむしる手が止まる。
「……え」
「嘘だって噓、ホント冗談だって。……しっかし、キリちゃんには本当に悪いことしたわ。あんな汚ぇモン見せて、マジごめんな」
「……ううん」
キリは胸に手を当て、ふーぅ、と長く長く息を吐く。それを聞いて、心底ほっとした。
少し離れた場所で、デッド・スワロゥはブルースプラウトをむしっている。
【魔神】たちは皆、そちらに行っていた。
そんな様子を、キリは目を細めて見る。
一見、デッド・スワロゥはなにを考えているか分からないように見える人だ。
だけど、実は胸に熱いものを秘めているのだと思う。
そうじゃなきゃ、誰かのために拳を振うことなんてしないはず。
誰かのために、傷を負うことだって。
「そんなことより、デッド・スワロゥが無事でよかった。また、昨日みたいなことになったら、わたし……」
言葉は、もっと長く続くはずだった。
もう一つ歳をとったら、冒険者ギルドに登録してデッド・スワロゥと一緒に冒険者をやりたいとか、なれなかったとしてもキリがなにかできる形でサポートしたいとか。
なにより、デッド・スワロゥに固執している【魔神】ディスコルディアに負けたくない。
護られるだけは嫌だ。だから、キリは強くなりたい。
強くなって、デッド・スワロゥの側に立てるようになりたい。
「悪いけどさ、その話、今度にしてくんない? 俺、ちょっと、お花摘み行ってくる」
だけれども、ビリーは最後まで聞いてくれなかった。
キリの本心からの言葉を強制的に打ち切らせて、どこかへ行ってしまった。
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