第100話
「げっ!?」
先頭に立つ人物に、ビリーは見覚えがあった。
腰に帯びるのは、精緻な細工が施された長剣。
身に纏うのは、白銀の鎧。
その上に羽織るのは、真紅のマント。
後ろで束ねた、きらめく金髪。
眼は、サファイアブルー。整った顔立ちは、凛々しい。
20代半ばほどの、とびっきりの美しい人間の男だ。
誰がどう見ても美形だろう。夜空にその存在を誇示する、一番星みたく。
一言で言うと、冒険者の間では超がつく有名人。
知らなかったら、冒険者として物知らずもいいところだろう。
彼の名は、ジュリアス。
S級冒険者であり、チーム【
「嘘だろ!? なんで【巨人殺しの勇者】ジュリアスがこんなところに!?」
「なんで、とは、心外」
「そうよ。アタイたちがどこに行こうが、アンタらには全然関係ないでしょ」
ジュリアスの後から、進み出る者がいる。
緋色とオレンジの眼が、その場に居合わせた冒険者たちを睨んだ。
おそらく、姉妹だろう。よく似た顔立ちの、金髪の美しい女が二人。
緋色の眼の方は、ストレートロングのおっとり系。
オレンジの眼の方は、ツインテールのきつい顔立ち。
ぴん! と短剣の形に尖った長い耳は、彼女たちがエルフであることを証明していた。
共に身に纏うのは、胸から上とスカート部分がセパレートした、深い湖を思わせる蒼の衣装。
はっきり言って、露出度がすごく高い。あくまでビリーの偏見だけど、かつて生きた「異なった」世界のエジプトだかオスマン帝国の後宮にいるという女たちが、こんな格好をしているような気がした。
「なぁ、マーライア姉ちゃん」
唐突に。
オレンジの眼のツインテールの方が、顔をしかめる。
「この冒険者ギルド、なんか臭くない?」
「うん、確かに。シンディちゃんが言う通り、臭いね、すごく」
緋色の眼のおっとり系が、深々と頷く。
お上品にも、レースのハンカチを出して、鼻と口をふさいでいる。
「掃除していないおトイレ、よりも、ひどい臭い。これは、汚らわしい、亜人の臭い、だね」
「葉っぱが、晴れた日の空みたいにきれいな青い色をしているでしょ? だから、ブルースプラウトっていうの」
ひび割れた石畳から生えたブルースプラウトを、キリは引っこ抜く。
「ポーション――怪我を直してくれる飲み薬の材料になるんだよ。ちなみに、根っこをすり潰してぬるま湯と一緒に飲むと、女の子がお腹が痛いとき痛みを和らげてくれるの」
選り好みしなければ、
ブルースプラウトは、文字通りあちこちに生えていた。
多分、ここら一帯に生えているに違いない。
「へぇー……俺、そこまでは知らなかったわ」
「意外と物知りなのよ、キリってば」
「昔、ロナーが……友達が、教えてくれたの。月のものが辛くて、ベッドから出られなくなったことがあって」
街路に敷き詰められた石畳は、無残にもひび割れている。
辛うじて形を保っているのは、崩壊を待つだけの建物たち。
住人の姿は、ない。
ブレンダの町から、徒歩でおおよそ30分の距離の場所に、そこはあった。
通称、旧市街。
建物や街路の老朽化、人口の増加や町の発展に伴い、廃棄された場所だ。
【名無し】の剣士たちはそこで、ブルースプラウトをむしっている。
「種類は限られるけど、数量だったらかなり
ビリーによると、ここは、素材採取の依頼を請け負う冒険者たちの穴場なのだとか。
主に初心者、登録して間もない冒険者たちの格好の稼ぎ場所であるという。
確かにそうだ、とキリは思う。ちょっと見渡せば、色々なものを作るために必要な素材が結構ある。ブルースプラウトもそうだけど、同じくポーションの材料になるアサギネ草とかヨトネノ蔓とか。
他にも、ジャムにするとおいしいレッドベリー、布地を染めるために使うフルフルの実とか、噛むとすごく辛いけど気付け薬になるヘべリの葉、毒があるけれども日干しすると毒が抜けて食べられるポング茸、などなど。
「あ、そうそう。言っとくけど、絶対に気ぃ抜くなよ」
「え?」
直後。
銃声!
「きゃっ!?」
キリは驚いて、尻もちをついた。
「なななななな……」
「右後ろ、見てみ?」
「ひっ!?」
言われて、そして、ビリーの言葉の意味を理解する。
蛇の死骸があった。
黄色いぶちのある、黒い蛇。確か、これは――
「毒蛇。結構出るから、注意しろよ。あと、影見るか嫌な気配感じたら注意した方がいい」
「ま、魔物、出るんですか!?」
「ほんのたまーにな。ってか、そんなのよりも、追剥の方がよっぽど恐いぜ」
「お、追剥!?」
「うん」
銃を仕舞いながら、何の事もなくビリーは言う。
「だから、気ぃつけな。キリちゃんが思っているよりずっと、この世界は優しくないんだぜ?」
「……うん、そう……だよね。わかってるよ……」
そんなこと、とっくに分かっていた。
だって、あの時、冒険者ギルドでの時でも――
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