第99話


 冒険者ギルドの扉を潜った【名無し】の剣士たちは、既に居合わせていた冒険者たちの沈黙に出迎えられる。

 話しかけられることはなかった。どうやら、昨日の騒動は既に多くの冒険者たちの間に広まっているらしい。

 なんとなく視線を向ければ、あからさまに逸らされる。

 例外がないわけではないが。


「嫌な感じだな」

『歓迎されるよりはいいさ』


 眉をひそめるディスコルディアに、【名無し】の剣士は返す。


『長く居着くわけじゃないんだ。未練なんかないほうがいいだろ』

「デッド・スワロゥ! とりあえずお前は、この世界における人生の先輩であるこの俺ビリー・ザ・キッドから学ぶべきことが、たーくさーんある! とりあえず、語学、数学、社会、そして、一般教養!」


 最初は一昨日。登録して、冒険者になった。

 二度目は、昨日。冒険者と殴り合いをした。

 そして、今回。ようやく、冒険者としての本格的な活動が始まろうとしている。


「お前の過去は知らんが、こうして【異世界】で生きることになったからにゃ、お前は色々学んでいかにゃーならん! と、いうわけで、俺がお前を最高にイカしたステキな奴にしてやろう!」

『くぁ〜……』

「欠伸で答えるなっつーの! ハエ叩き棒でしばき倒すぞコラ!?」

「ビリーさん、ハエ叩き棒で人を殴るのはどうかと思うよ」

「キリちゃん、頼むからやめて。「異なった」世界で言うところの「マジレス」マジでやめて」


 というわけで、依頼書が貼られたボードの前に立つ。


「収穫の手伝い、倉庫整理、家の修理、荷馬車の護衛、魔物の討伐……色々なお仕事があるんだね」


 種類は様々。数は豊富。よりどりみどり。

 察するに、冒険者は仕事を選ばなければ食うに困らない職業らしい。


「まあ、それだけこの世界にゃ面倒が多いってことだ」

「わたしにもできるお仕事って、ある……かな?」


 キリが呟く。


「いつまでもおんぶにだっこは嫌だもん。それに、わたし、デッド・スワロゥの足を引っぱりたくないし」

「気持ちは分からないわけじゃないよ? でもさぁ、キリちゃん」

「で、でも……わたし、なにもできてないし、やってないんだよ? みんなに迷惑ばっかかけているし!」













 正直、キリは焦っていた。

 はっきり言って、キリは自分のことをお荷物だと思っている。

 危険な目に遭っても、戦えない。悲鳴を上げて、震えてばかりいる。

 いつも、みんなに護られてばかりいる。

 ロナーのことを思い出す。恐ろしい人たちからキリを護って、ロナーは死んだ。

 もし、みんながキリのせいでロナーみたいなことになったら、キリはきっと、自分で自分を許せなくなる。

 でも、それ以上に――


「もしかして、それが理由? 今日、付いて行きたい! って散々ごねたのは」

「そう、だよ……!」


 キリは、拳を握りしめる。


「わたしだって、わたしだって……なにかできるはずだよ! お掃除とかお洗濯とかお料理とかお裁縫とか、みんな苦手でダメだけど……でも、なんでもいいから色々やらせてもらえれば、きっと、わたしにもできることがあるはずで、みんなの役に立てるはずで、護られてばっかなの、すごく嫌で……なにもできなきゃ、わたしなんてただのお荷物でしかなくて」


 伝えたいことは、まだまだあった。


「キリ」


 キリは、思わず息と一緒に言葉を呑む。

 そうせざるをえななかったからだ。


「子供がそんなこと、言うんじゃない」


 ビリーが、真剣な面持ちでキリを見ている。リーフグリーンの眼には、鋭い光があった。


「そういう一生懸命な子供ほど、生き急ぐんだ。どこの世界でもね。……だから、俺なんか、たった21歳までしか生きられなかった」


 厳しい大人の言葉に、キリは俯く。何も言い返せなかった。













「まあ、ああは言ったどね。実を言うと、冒険者ギルドに登録できるのは15歳からなんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。だから、キリちゃんが15になってやってみたいって気持ちがあったら、冒険者ギルドに登録しなよ」


 ボードからはがした依頼書を、ビリーは受付カウンターに出す。

 白い紙に書かれたその内容は、新人冒険者や少し物入りな冒険者が主に引き受けるもの。


「はい、ブルースプラウトの採取の依頼を受理しました。頑張って下さい!」

「ほら、依頼を受理したらちゃんとハンコを押す! そしたら、すぐにこのボックスに入れて!」


 受け付けてくれたのは、ミウから指導を受けている、新人受付嬢だった。

 名前は確か、ドゥといったか。


「少し前まで冒険者やってたんですけどね、収入が少なかったんで転職したんですよ。そしたら丁度、ブレンダの町の冒険者ギルドの受付嬢の募集やってて。いやぁ、狹き門でした! ……ここだけの話、圧迫面接でしたけど」

「……その辺、詳しく」

「ちょっと、ドゥさん! 冗談でも本当でも、言っていいことと悪いことがあるわ!」


 ミウが声を荒げる。

 その後始まったガミガミに巻き込まれたくなかったビリーは、さっさと受付を離れた。


「さーて、仕事だ。仕事っ、仕事っ、ご飯の種〜♪」


 ここまでは、とりあえず順調だったはず。

 悶着は、昨日のうちに全部終わったと思っていたから。

 だから、トラブルはありえないはずだった。


「お、おい、あれ!」


 冒険者の一人が、上ずった声を上げる。

 ビリーは眉をしかめた。てっきり、待たせていた【名無し】の剣士がまた何かやらかしたのではと思ったからだ。

 そうだったら、どれだけよかっただろう。


「お邪魔するよ」

「ジ、ジュリアス!?」

「ボーグ、お前何馬鹿なこと言ってんだ。勇者パーティがこんな場所にくるわけ……って、げげげげげっ!? マジかよ!?」

「久しぶりだね、カギタハ君。ド底辺に落ちぶれても、まだ元気でやっているようで」

「ジュリアス、てめぇ、このクソ野郎……余計なお世話だ!」


 扉を潜ってきた一団を見た冒険者たちが、一斉にどよめく。

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