第95話


「あと、遊んでこいって言われてんの。ほら、オレってば、真面目じゃん? 働きするじゃん? 尽くすイイ【魔神】じゃん? だから、そのついでに我が【同胞】たる【魔神】たちが、どんなひ弱な奴らを【騎士ドラウグル】として選んだのか見てやろうってな。まっ、正直オレは嫌なんだけどなー。でも、我が【騎士ドラウグル】ヴラド三世は、他の【騎士ドラウグル】にも興味がおありなようでね」

「…………」


 明らかな挑発に、イシスは、むぅぅっ! と頬を膨らませた。


「つーか、我が【同胞】たる【魔神】たち。もっとマシな時代からもっとマシな奴を選べなかったのか? 元寇とかローマ帝国とか春秋戦国とか、あの辺りよりどりみどりだぜ?」

「……我が同胞たる【魔神】ミスラよ。こちらが黙っていれば、些か口が過ぎるのではないか?」

「過ぎねーよ。全部本当のことじゃん。あ、個人的なオススメは鎌倉初期とメキシコ革命な」

「好き放題言いおって、貴様……許せん!」


 ディスコルディアの声は、怒りに震えていた。

 瑠璃の眼には、雷火の如き激しい光が宿っている。


「その発言、今すぐ撤回しろ! さもなくばその首、刎ね飛ばしてくれる!」

「おお、相変わらず怖い怖い。……いいぜ、来るなら来いよ。そのひらひらのおべべ、ひん剥いてめちゃくちゃにしてやる!」


 一瞬即発。

 睨み合う、【魔神】二人。

 衝突は、時間の問題。


「ちょ、ちょっと! キャットファイトはやめるのよ、二人とも! 」

「「止めてくれるな、我が同胞たる【魔神】イシス!」」

「いい加減にするのよ!」


 だが、それを止めたのも、また【魔神】だった。


「バチバチやってる場合ではないのよ! 特に、我が同胞たる【魔神】ディスコルディア! 【騎士ドラウグル】【名無し】の剣士の戦いを、【魔神】として見逃すおつもりなの!?」


 瞬間、わぁっ! 上がる歓声。


「……!?」


 弾かれたように、ディスコルディアは振り向く。

 そうしなければ、大切な瞬間を見逃していた。


「嘘、だろ、オイ……! ありえねぇぜ、こんなの!?」


 呆然と、ミスラが呟く。

 ディスコルディアは、破顔した。


「フフフーフ、【名無し】の剣士め……そうくるか!」


 そして、【魔神】たちが目にしたのは――













「ざまぁねぇなぁ、新人!」


 ラガンは、デッド・スワロゥを見据える。

 今ので、確かなダメージを与えた。

 だから、拳のラッシュはここまで。

 次の一撃で、決める。

 右腕を、思い切り引く。

 放つのは、トドメの一撃。

 狙うのは、顔面。

 分かりやすい、大振りでいく。

 ラガンの読みが正しければ、デッド・スワロゥはこれを好機と見るはず。

 必殺に見せかけたものをわざとかいくぐらせ、反撃させてやる。

 その際、【シアハートアタック】を発動させるつもりだった。


「あばよ、負け犬ルーザー! 地獄に落ちろ!」


 予定通り訪れる反撃に備え、ラガンは【シアハートアタック】を発動させた。

 輝石の部分を模した個所が、変形。


 しゃりんっ!


 これで、ラガンの勝利は決まった――













「……へ!?」

 

 ――はずだった。

 

 ゴッ!

 

 読みは、全て、外れる。

 当たり前だ。デッド・スワロゥの顔面を、ラガンの拳はまともに捉えていたのだから。

 反撃は、訪れない。

 ラガンが望んだ通りの反撃は。

 覚えていられたのは、そこまでだった。


 轟音!


 叩き込まれる衝撃。

 ラガンは、吹っ飛ぶ。

 同時に、意識が消失する。












 分かりやすい、大振りが来る。


『これを、待ってたんだよ!』


【名無し】の剣士は、頭をややずらす。

 そうすることで、拳を、導く。

 まともに喰らわない角度へと。

 そうやって、わざと、一撃を受ける。


 ゴッ!


 正直、分かりやすい大振りできてくれて助かったと思う。

 右頬に、めり込む。

 拳が、【名無し】の剣士に、炸裂する。

 衝撃が、走り抜けた。

 めりゃめりゃめりゃっ、と。

 頬の肉が、骨が、嫌な音を立てて軋む。

 狙い通りだ。

 だから、ここで弾かれるわけにはいかない。

【名無し】の剣士は、踏ん張る。

 そして――

 衝撃が痛みに変わる瞬間よりも早く、踏み込む。


 だんっ!


 大きく、前へ、一歩。


 しゃりぃん!


 空気を割く音が、耳朶を震わす。

 眼球を、僅かに動かして、その姿を捉える。

 ラガンの右手の指輪、


『やっぱり、暗器だったか!』


 ラガンの右手の指輪を模していたものだろう。

 恐らく、【異世界】の暗器。


『昇天……』


 そして、叩き込む。


『せいやああ!』


 相手の鼻面に、拳を。

 たった一撃。

 ただ、それだけ。


 轟音!


 ラガンは、大きく吹っ飛んだ。

 そのまま、観衆である冒険者たちを巻き込みつつ、壁に叩きつけられる。

 勝負が、決まる。


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