第90話


「なぁ、ミウちゃんよ〜」


 ラム酒に漬けた干しブドウ入りのチョコレートが食べたいと、ミウは切実に思った。

 それもこれも――


「なんかこう、景気のいい仕事はねぇのかよ。レジェンドな魔物倒して財宝ガッポリゲット! とか、姫様助けて報酬ガッポリからのアヴァンチュール! みたいなの」


 そんなの、今のこのご時世にありませんっ! と、ミウは心の中で怒鳴った。






 冒険者ギルドは、冒険者という職業者専用のギルドである。

 その存在は、街に必ず一つ存在するくらいポピュラーなものだ。

 タグを発行しての登録、あるいは除名。

 魔物の討伐、薬草や素材の採取、乗合馬車や隊商の護衛、様々な雑務、各種依頼による仕事の斡旋。

 買い取り、ランク昇格のための試験開催、冒険者同士の揉め事の仲介などなど。

 ギルド職員たちの基本的な業務はこんなものである。

 ミウはその一員であり、その花形である受付嬢だ。


「なあ、マジでねーの? なあなあなあ……マジで頼むよ、俺今月ピンチなんだよ」

「おい、後がつかえてんだぞ! 早くしてくれ!」

「うるせぇ! こっちは生活かかってんだよ! これで仕事こなせなかったら、来月俺、アパート出てかなきゃいけねーんだぞ!」

「知るか、バカ!」

「なっ……! バカとはなんだてめぇ! 表出ろ!」


 これくらいならまだいい。


「ふっざけんな! これ、討伐対象の特攻猪アサルトボアの魔石だぞ! 苦労して討伐したのに、報酬たったこれっぽっちってどういうことだ!」


 確かにそれ、特攻猪アサルトボアの【魔石】ですけど、ひびが思いっきり入ってるので素材として使い物になりません。


「スミマセン、チーム【ウルフバウト】のトーマですが、チームからの退会の手続きお願いします。幼馴染のパワハラがひどいのなんの……聞いてくださいよ、この間なんか洗濯バサミとブタの貯金箱で一晩中」


 やめてお願い。ノイローゼになりそうだから、生々しそうな話なんて聞かせないで。


「お願い、帰ってきて! あなたがいないとウチのチーム回らないのよ!」

「なんだよ! 役立たずって追放したのはそっちだろ? 植物操作と呪装具製作とビーストテイマーやってたのに、あの魔法剣士にお熱になって僕のこと追放したくせに!」

「目が覚めたのよ! あいつ、よそのチームの回復術師とデキてたの! やっぱあたし、あなたとじゃないと駄目で」

「そんなこと言ったって、もう俺他のチーム入ってるから! 新しいパートナーだっているし」

「この浮気者、ぶっ飛ばしてやる!」


 痴話喧嘩なら外でやってください。


「わんわんわんわん!」

「柴犬だー! 柴犬がいるぞ! ひゃーっはははは!」


 世紀末的な笑い声を上げながら、迷い犬を追いかけないでください。


「ばーさんや、ばーさん。どこにおるんじゃー」


 警邏兵おまわりさーん、徘徊老人がまた来てますよ。ご家族の方、大至急お迎えに来てあげてください。


 しかし、その実態は「厄介事引受人」である。

 ぶっちゃけ、受付嬢と書いてハードフル&ストレスフルとルビをふってもいい。

 制服がかわいくなければ、給料がよくなければ、ミウはとっくに冒険者ギルドなんか辞めていただろう。


「はふぅ……」


 こっそり、ため息。

 交代まで、まだ時間はたっぷりある。

 おまけに、今日から新人が来るとのこと。


「嗚呼……こんな猿山以上無法地帯未満な冒険者連中を相手にするだけでなく、新人教育までやれというのですか。それも基本給で、ボーナス抜きで」


 いい加減、頭が痛くなっていた。

 とりあえず、順番待ちで揉める冒険者たちをどうにかしようとした。


「いいか、デッド・スワロゥ。お前はこの俺、ビリー・ザ・キッドという人生の先輩から学ばなければいけないことが沢山ある。まずは、俺への態度だ。お前は実力は俺以上であっても、冒険者ギルドここでは生まれたてのヒヨコだ。今日からは、俺を先輩として敬え。可愛い舎弟として期待しているから、絶望だけはさせんなよ? あー、喋ったらなんか喉乾いたなー。仕事が無事終わったら、ジュース奢れよなー?」


 先輩風を吹かせて鼻高々になっているビリーは、デッド・スワロゥから軽蔑の眼差しで見られているのに気づいていない。


「あの真面目そうな新人だって、一ヶ月もすれば、あんな風になるのよね」


 胃が痛くなってきた。気のせいだと思いたい。


「いい加減、ギルドマスター訴えるかストライキでも起こそうかしら。……嗚呼、目から汗が。雨でもないのにわたしの顔が濡れるのは何故?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る