第88話
カギタハは、どうやらデッド・スワロゥが携える日本刀しか見えていないらしい。
エレンとボーグが見ているものを、見ようとすらしていない。
「フリムダムのとこのチーム、他のチームに声かけてたよ」
「俺なんか、トラフィスの奴が路地裏の……噂じゃ、【トライアド・シンジゲート】が仕切っているって店に入っていくの見たし」
「まじかよ……殺し屋でも雇う気か、あいつ」
「おうおうおうおう! なに辛気臭ぇ顔してんだ、お前ら!」
空気すら読もうとしないカギタハに、二人は最早呆れかえっていた。
流石に、今回ばかりはついて行けない。
「んじゃあ「デッド・スワロゥの日本刀をどうにかしてモノにするぜ作戦」の成功を願って、祝杯を……って、ツマミがねぇや! おーい、そこのウェイトレスのねーちゃんよ! 注文追加だ」
「こんな大変な時に、ドゥの奴、どこで油売ってんだか……」
「ちょっと俺、探してくる」
ボーグは、席を立つ。
流石に限界だった。
あの場にいなかった仲間を探しに行くふりをして、ボーグは【黒ヤギさんと白ヤギさんの酒場】を出た。
そのままぶらぶらと、あてもなく通りを歩く。
「悪い奴じゃないんだけどな、カギタハの奴」
ただ、やると決めたら周りが見えなくなることだけが玉に傷なだけだ。
そうじゃなきゃ、カギタハがやらかしたあの一件を期にチームを抜けている。
「それとも、俺とエレンがお人好しなだけとか? ドゥは知らんけど」
A級への昇進が決まっていたが、ダークエルフの亜人の娼婦に暴行を加えていた冒険者をぶちのめしたことがバレて降格、その上昇進の道は永遠に閉ざされた。
強制的に退会はされなかったが、冷遇視されるようになり、冒険者ギルドからはいまだに報酬が安いくせにきつい依頼しか回してもらえない。
「いや、それを言うなら、俺たちみんなお人好しなんだよね」
ごちっていると、なにやらがやがやと騒ぐ声が聞こえてきた。
「うははははー!」
「抜けろー、抜いてしまえー」
「いいぞ、抜け抜け、引っこ抜け!」
「うんとこせ! どっこいせ!」
なんだろうと思って見れば、人だかりができている。
地面にぶっ刺さった剣を抜こうと、大騒ぎが起こっていた。
思い返す。ああ、これは、昼間の名残だ。
無敗のストリートファイター、タツノスケ・イブキが、新人冒険者デッド・スワロゥに敗北した。
なんとなく思う。多分、あれ、抜けないだろうなと。
余計なお世話だろうけれど、デッド・スワロゥのあの戦いぶりを見る限り、冒険者をやるより、どこかの国に仕官した方が絶対にいいと思った。
なんていうか、強すぎる。戦い慣れしていたし。
だから、ボーグは違和感を覚えた。
余程のことがない限り、冒険者ってのは誰でもなることができる。
冒険者は基本、世界のどこにでもいる。支部が世界各地の町に必ずあるからだ。
冒険者としてやっていくためには、まず、依頼を受けなきゃいけない。
依頼は様々で、内容にもよるけれど、時に遠出することもある。場合によっては、他の冒険者と手を組んだり、協力関係に至ったり。
その際、情報を共有し合ったり、提供されたりすることがあったりする。
そうして得たものには、立ち寄った冒険者ギルドで同業者と交換したり、相手にとって有益だと思えたら相応の金額をつけて売りつけたりするのだ。
ぶっちゃけ、冒険者ギルドってのは、情報のるつぼである。
情報は冒険者の数だけ存在していて、海を泳ぐ小魚の群れみたく常にぐるぐる動き回っている。
にもかかわらず、だ。
「……なのに、俺たちは誰も、デッド・スワロゥの奴を知らない……?」
あれだけ強いってだけじゃなく、日本刀を得物にしているってだけでも、人物としてかなり目立つはず。
あと、何一つ喋らないこととか。
そんな個性のカタマリが大手を振って歩いていたら、誰かしら彼の何かを知っていてもおかしくないと思うのだけど。
「おい、にいちゃん、道の真ん中でぼけっと立ち止まんな!」
「ああ、悪い!」
思考に沈んでいたためか、ボーグは我知らず立ち止まっていた。
そういえば、ストリートファイトの後、デッド・スワロゥに親し気に話しかけていた奴がいたっけ。
知り合いかと思ったのだけど、デッド・スワロゥの態度を見る限り違うようだった。
「…………」
思い出すと、寒気が走る。
デッド・スワロゥを見る、あの虎の獣人の男の目。
あれは、人を人として見る目じゃない。
まるで、目の前に積まれる金貨を見る、狡猾な商人のような。
復讐の炎を燃やす女皇帝、野心を秘めた獣人の王、なんか面倒くさそうな冒険者。
【名無し】の剣士はこれから、望まずとも面倒なことに巻き込まれていくのだろう。
勿論、当の本人は知る由もないが。
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