第87話


「用意するのは、大きめのザルとロープ、手頃な木の枝と漬物石、そしてバナナだ! こいつで作った罠にデッド・スワロゥの奴がかかったら、日本刀を奪ってとんずらする! どうだ、すげぇプランだろ?」

「…………」

「チキンうまうま~」

「なんだよ、お前ら! 全っ然っ乗り気じゃないな!」

「今どきそんな原始的な罠にかかる奴いないでしょ」

「あえて言うけど、バカなの? カギタハって」

「なんだよその言い草は! やってみなきゃわからんだろうが!」

「はいはい、やるんだったらカギタハ一人でやってね。やる日になったら俺、存在しない金持ちの大叔父さんの遺産相続会議に行くから」

「俺はその日、イマジナリーフレンドの断捨離に付き合うつもり」


 ばぁあん! と、テーブルが鳴った。

 拳が振り下ろされた衝撃で、乗っていた食器類が跳ねる。

 倒れそうになった安酒入りのコップを、エレンとボーグは大慌てで引っ掴んだ。


「お前らぁァ!! やる気あんのかァぁ!?」












封光球ふうこうきゅう】の光が、室内を照らしている。

 その下で、皆、笑い、語り合う。

 酒を飲み交わし、料理を楽しむ。

 時折、怒号が上がって拳が飛ぶ。

 それを横目で見ながら、防具や得物の手入れをしたり、吟遊詩人の歌に耳を傾けたりする。



「巡礼者の護衛依頼、なんていうか手応えがなかったな。特に何もなかったし、馬車の脇を歩いただけで報酬もらえたし」


「いいよな、お前んとこ。こっちは、朝からずっと二角馬バイコーンの群れを追いかけて、へとへとだっていうのに」


「毎日毎日ポーションの原料採取の仕事ばっかり、嫌になっちまうよ、もう! あー、クソ、腰痛ぇ……」


「俺、冒険者辞めようかなって思ってんだよ。全然うまくいかないし、昇進試験落ちてばっかだし。いっそ志願兵になろうかな。【黒竜帝国こくりゅうていこく】か【大いなる大樹の王国ユグドラシル】あたりで」


「聞いたか? セイル率いるチーム【大白鳥アルビレオ】が全滅したってさ。エイダの街の近くに新しく発生したダンジョン、結構やばいかもしれないぜ」


「チーム【星追いスターシーカー】が悪名高きリザードマンの亜人の盗賊【屠殺者ブッチャー】エドゥアルドの討伐成功だってさ。アレスの奴、また名を上げるな」


「志願兵募集だってよ。旧オルクセイン領に居座るオークの亜人の集団の討伐。報酬は……」


「風の噂じゃ、北のキャスタリーロック家が大変なことになっているらしいぜ。原因は間違いなく、【阿修羅雪姫スノゥ・ブラッド】の婚約破棄だろうよ」



 ブレンダの町の一角にある酒場、【白ヤギさんと黒ヤギさんの店】は、ひと仕事終えた冒険者たちで賑わっていた。

 仕事の疲れと鬱憤を、彼ら彼女らは美味い料理で癒やす。

 明日の英気を養うため、安酒を引っかけていく。

 ついでに、儲けになりそうな話を探す。あわよくば、持ち帰る。

 酒場であると同時に、ここは利用客である冒険者同士の情報交換の場所でもあるのだ。

 そこに、カギタハたちはいた。


「つーかお前ら、もう少し真面目に聞けよ! このままじゃ、俺の日本刀が他のチームにぶん獲られちまうかもしれねぇんだぞ!?」

「そんなこと言ったってさ」

「それ以前に、カギタハの物じゃないし」

「大体、他人の得物を、それも新人冒険者の所持品を盗もうなんて、人として最低だよ」


 テーブルを囲んで、骨付きチキンのハーブ焼きをむしゃむしゃやりながら、意見を交わし合っている。


「けっ! チキンだな、お前ら! あんなチンケなストリートファイトを見ただけで、怖気づいてやんの。それより、乱入してあの二人をボコボコのケチョンケチョンにしなかった俺を敬えよ」

「……先週、そのチンケなストリートファイトでボコボコのケチョンケチョンにされたの、まーだ根にもってやがるわ、この人」

「なんか言ったか!?」


 エレンとボーグは、嘆息した。

 カギタハは元々、銭ゲバなところがある。

 一見、悪いことにように思えるだろう。

 しかし、金銭への執着の強さは冒険者にとって、生き意地を強める大切な要素なのだ。


「でも、今回だけはなぁ……」


 希少かつ絶大な人気を誇る武器、日本刀。

 かの【転生者】の得物であり、【魔王】の強靭な肉体すら叩き斬ったという伝説を持つ、「異なった」世界から持ち込まれた武器の一つ。

【転生者】だけでなく、【黒竜帝国】の若き女皇帝ベラドンナをはじめ、この世界において大成を成した者たちが携える得物。

 一説によれば、手にした者は英雄の証、或いは莫大な富を授かるという。

 そんな恩恵にあやかろうとする者は、それこそごまんといるのだ。

 カギタハは、その一人になろうとしている。

 しかし傍目から見てその執着ぶりは、度を越しているように見えなくもない。


「なんていうか、やばい気がする」

「うん」

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