第85話
「無礼にもほどがあります!」
土方が去った後、ベラドンナの背後にジャンヌが現れる。
灰色がかった青い目には、強い怒りがあった。
「陛下は何故、あのような無頼の男を側に置くのです!」
「そう怒るな、ジャンヌ。形はどうあれ、土方はわたしに尽してくれているぞ」
「されど、陛下に対する態度がなっていません! あの男は、【黒竜帝国】に属してからというものの、陛下に膝を折りもしないではないですか!」
「恐らく、わたしは
ベラドンナは、どこか悲しげに嘆息する。
「しかし、そうであるのなら、
「ならばいっそのこと、わからせてやればいいのです。恐怖、理不尽、不条理、暴力、支配、妄信……従わぬ者を服従させる手段など、いくらでもあるではないですか」
「…………」
「勿論、陛下が手を汚す必要はございません。すべては、このジャンヌにお任せを! 陛下はただ一言、このジャンヌに「わからせろ」と命じてくださればよいのです」
ジャンヌは跪き、ベラドンナを見上げた。
熱く説くその眼は、どこまでも真っ直ぐだ。
無邪気さを振り回すも、周囲が心から笑ってくれていなことに気づいていない少女のように。
「【
「……あのな、ジャンヌ、そういうのは流石によくないと思うぞ。思うだけに留めておけ」
ベラドンナが知る限り、ジャンヌは時折、こういうことを平然と言い放つ。
絶対の忠誠は、時として真っ黒な狂気と化す。
一途すぎるが故に、ジャンヌはそれをきっと認めていない。
月は、ブレンダの町に向けても冷えた光を投げかけていた。
「はい、王様、あーん」
侍らせたブルネットのエルフの女は、指で摘まんだ砂糖菓子を相手の唇に当てる。
王様と呼ばれた男、黒に近い深い藍色の髪の虎の獣人の男――
「やぁん、もう! 王様ってば積極的!」
「ずるいですわ、王様。わたくしも可愛がってくださいまし」
「そう言うなよ、俺の身がもたないじゃないか」
彼は軽く笑うと、今度は熊耳の獣人の女の頬に口づけた。
部屋は、既に甘い空気に満たされていた。
雰囲気を盛り上げるために炊かれる香。
白く清められたシーツが敷かれた柔らかく大きなベッド。
客に侍るのは、香水とおしろいで着飾った、肌もあらわな美しい女たち。
娼館【スカーレットジェム】が有する一室。
二人にとって、
大粒のサファイアとルビー、二人の耳には、
よく熟れた柘榴を思わせる真紅の目を細めて、
だが、一時の愛は、唐突に終わる。
「ずっと見ているってことはさ、あんた本当は混ざりたいわけ?」
水晶ガラスのグラスに注がれた酒を舐めながら、
「別にいいんだぜ。相応の金は払ってんだ」
「やめてください、ルツ様。冗談きついですよ」
ふっ――と、影が、差す。
同時に、風が、空気を揺らす。
テラスに通じる窓が、いつの間にか開かれている。
吹き込んできた風でふわふわ揺れるレースのカーテンの向こうに立つのは、大きなシルエット。
それは、大柄な獣人の形をしていた。
発せられた声は、ストリートファイトの開催場所の近くで串焼きの屋台をやっていた、ゴリラの獣人のもの。
「……!?」
「ひっ!?」
闖入者の出現に、身を強張らせる娼婦たち。
悲鳴を上げることは、許されなかった。
この後、何が起こったのか知る事すらも。
「しぃー……二人とも、お静かに。今はオトナのお時間だけど、本当はよい子がねんねする時間だぜ。……スリーピングビューティー」
まさか、贈られた耳飾りに仕掛けが、合言葉を唱えるのと同時に眠りの魔法が発動するものが施されていたなんて、思ってもいなかっただろう。
「効果てきめんだね。
「それはいいですけど、詳細は絶対に秘密にしてくださいよ。商売女を使って試作品のマジックアイテムを試したって知ったら、イライザさん大激怒しますから」
「……マジで?」
「……マジです。「異なった」世界風に言うなら、班長怖すぎマジ
「わ、分かった、怒られるのは嫌だから黙っておく。……で、アンテラくんさ、いつまでそこに突っ立ってるわけ? 寒くない? 入ってくれば?」
「…………」
答えは、相手の長い長い嘆息の後で返された。
盛大な怒声で。
「臣下の前に、
【
「……ごめんなさい、マジでごめんなさい。三分待って、ちゃんと着替えるから」
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