第83話


「……まったく、毎回毎回よくやってくれる。我が【騎士ドラウグル】こと【名無し】の剣士は」


 傍らに、ディスコルディアが降り立つ。


「フフフフーン♪ とはいえ、大した奴よ。このディスコルディアを飽きさせぬのだからな」

『そりゃあ、どうも』

「おめでとう! 大勝利だったな! 」


 もみくちゃにされそうだったので、早々とストリートファイトの場から離脱した【名無し】の剣士を出迎えたのは、件の虎の獣人の男だった。


「いやー、俺の見込み通りだったわ、あんた。やっぱ、ただモンじゃなかったか」

『…………』


 足早に去ろうとする。


「なんだよ、だんまりかよ」


 しかし、相手は付いてきた。

 

「あ、そーだ! イイ店知ってんだけど、おごるから一緒に行かないか? その強さの秘訣とか、是非とも語ってもらいたいなーと」

『…………』

「なぁおい! 無視すんなよ、頼むから」


 相手は一報的に喋ってくるが、無視する。視線も合わせない。

 関わりたくないのもあるが、余計な時間を費やしてしまったから、早いところ買い物を済ませて帰りたかったのもある。


『さっきの串焼き屋でいいか』

「いいと思うぞ」

「連れねー奴だな。あ、もしかしてタツノスケの奴、あんたにとっちゃあ不足のある相手だったわけ? わかるわー、そりゃあそうだよなー。


 












 かの【六竜将】イカズチを破ったんだもんなー、あんたってば」

「なんだとっ!?」

『……!?』


 足を止める。


「やっぱりそうか!」


 振り向いた先で、相手は笑っていた。

 自身の優位を確信した、若い雄の虎の笑みだった。


「教えてやってもいいぜ。俺、あんたのことなーんかすごーく気に入っちゃったしさ」

「何者だ、こいつ……!?」


 ディスコルディアの目に、刃の鋭さが宿る。

 故に、【名無し】の剣士は確信した。

 こいつはやはり、只者ではない。


「なんでそんなこと知ってる!? って顔だな。そりゃあ、分かりますって。こんなんでも俺、実はそれ相応のご身分だったりするんだよな。世間一般で言うところの、やんごとなきご身分ってやつ」


 年の頃は、二十代半ば。

 緩く波打つ髪は、黒に近い深い藍色。

 切れ長の双眸の奥でいたずらっぽく輝く瞳は、よく熟れた柘榴ざくろを思わせる真紅。

 体躯は大きい。けれども、巨漢という印象ではなかった。

 長身を包むのは、蒙古モンゴルの衣装を思わせる、立ち襟の長い上着とゆったりしたズボン。


「なるほど、そういうことか。貴様、何かと思ったら貴族だったのか」

公卿くげのぼんぼんみたいなもんか。光源氏みたいな』

「信頼を得るためにここで自己紹介を……と言いたいところなんだけど、生憎俺はちょっとわけありでね、本名を名乗れないんだわ。

 

 んー、そうだな……仮に虎王とらおう、とでも名乗っておくか」




 虎王とらおう(仮名)の言葉は、軽口に聞こえなくもない。

 だけれども、余裕に満ちた態度は、むしろ警戒心を呼び起こさせる。


「で、どうすんの?」

『ンなこと言われてもなー』


 文字通り、答えようがなかった。

 助けを求めようにも、行き交う人々は止まってくれない。

 しかし、救い主は現れる。


「おーい、お客さん! お客さーん!」


 振り向けば、どすどす駆け寄ってくる人物が一人。


「よかった、追いつけて! お忘れものですよ、大事なものなんじゃないですか?」


 先程会話した、黒い剛毛に覆われた猿の獣人の男だ。


「結構繊細に仕上がっているものに見えましたからね、ここまで来るのに落としてしまったらいけないと思いまして、責任もって屋台できちんと保管しています。なので、来ていただかないと」


 早口でまくしたてると、手を掴んでぐいぐい引いてくる。

 踏ん張ろうとした――が、できない。


『え、ちょっと、おい!』


 直後、「ちぃっ!」と、舌打ち音が聞こえた。それと、「あーあ、あと少しだったのにな」という、残念そうな声も。

 それらは、虎王とらおう(仮名)のものだった。

 助けられたことに気づくのは、連行という形を模して救出されてからだ。


「いやぁ、間一髪でした。お客さん、あやうくあのクソ野郎に騙されるところでしたよ!

 それより、すみませんでした。ああでもしなきゃ、お客さん、やばいことになっていました。お詫びに、串焼き持って行ってくれてかまわないんで。

 アイツは……虎王とらおうって奴は、なんていうか……この辺じゃ名の知れたとんでもない悪党なんですよ! ついて行ったら、何をされたか分かりませんでしたよ。聞いた話じゃ、悪質な美人局やってるそうです。ヒモになっている女たちと手を組んで!

 ……ってあああああっ!? いくらなんでも串焼き全部持ってくことはないでしょう!!」

「……この、いやしんぼさんめ……」

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