第82話


「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「タツノスケ、この劣勢に激おこぷんぷん丸だ! 鬼神の如き裂帛の気を発しているぞ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「故に、奥の手が炸裂するっ!」

「「「キターーーーーーッ!」」」

「「「キターッ! キタキタキタ、キタァーーーーーーッ!」」」

「どうなる、この勝負っ!? 一体どっちが勝つっ!?」






 辰之助は一呼吸で、筋肉・神経・脳組織に【チャクラ】を浸透させていた。

 そのまま、得物を振り上げる。

 跳ね上げられる形で、デッド・スワロゥが宙を舞った。

 まだまだ細い腕だが、今の辰之助はヒグマの以上の剛力を秘めているのだ。

 飛躍的に強化された聴覚は、相手の呼吸音が変わったのをとらえていた。笑ったのだろうか?


「ふっざけやがって!」














 足場が崩れる。

 その時にはもう、【名無し】の剣士は宙を舞っていた。

 正確に言えば、跳ね上げられる。

【名無し】の剣士は、相手の眼がその瞬間に輝くのを見た。

 タツノスケは最早、「普通にひよこ、とりあえず羽毛が白く生え変わった程度」ではなかった。

 闘志をぎらぎらとみなぎらせた軍鶏しゃもだ。軍鶏しゃも軍鶏しゃもでも、獅子をも一撃で倒す鋼鉄の蹴爪を持った軍鶏だ。


『そうこなくっちゃなぁ!』


 劣勢に回りながらも、しかし、【名無し】の剣士は笑っていた。

 あっという間もなく、地面に叩きつけられる――寸前、宙で一回転して着地。

 タツノスケは石畳を踏み砕かんばかりの勢いで、突撃をかけてくる。


 がンっ!


 間一髪、【名無し】の剣士はバスタードソードを振り上げて防いだ。

 じぃん! と――凄まじい衝撃に、手首から肩まで痺れる。


「づあああああああああああッ!」


 怒号と共に、二撃目、三撃目、四撃目――斬撃が次々と襲い来る。

 一歩、二歩、三歩――無意識に、【名無し】の剣士の足が下がった。


『やるじゃん!』


 それらを全て受け止めながら、【名無し】の剣士は口元を歪ませる。


『つーか、たまんねぇな! 本当に本ッ当に最ッ高だぜ、【異世界】!』














 デッド・スワロゥは、弾かれたように後ろへ跳んだ。

 すかさず、辰之助は追撃。

 斬り下ろし、横薙ぎ、からの――


 がんッ!


 ――突きが、阻まれる。


「……え!?」


 がくんっ! と、体勢が崩れた。

 上からでかい力で押さえつけられたように、前のめりになる。

 転倒しなかったのは、得物を手放さなかったのは、単なる奇跡でしかない。


「……!?」


 放った突きは、真上から抑え込まれていた。

【コボルトケンジュツ】で、爆発的に速さと威力が増している、渾身の一撃をだ。


「……は!?」


 それだけ、デッド・スワロゥがやったことは、非現実的なことだったのだ。

 手の得物バスタードソードを、真っ直ぐ、地面に突き立てる。

 ただ、それだけ。

 そうすることで、突き出された剣身を捉え、真上から抑え込む。

 鍔の部分で。

 悪夢を見ているのだと、辰之助はガチで思った。

 ストリートファイトに使用されるバスタードソードは、刃を潰されているはず。当然、切っ先も。

 なのに、剣身半ばまで地面に、石畳で舗装されたものにブッ刺さるのだ?


「……!?」


 辰之助はそのカラクリを目にした時、思い知らされる。

 圧倒的な実力差を。


 デッド・スワロゥは石畳――の隙間に、バスタードソードを突き立てていた。


 側頭部に衝撃。

 意識が、暗転する。

 持てる力を全て出した勝負だったはずだ。


「嘘、だろ……畜生……!」














 野次馬たちは、静まり返る。

 ただし、一瞬だけ。


「勝者、デッド・スワロゥ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「うあああああああああああああっ!」

「よっしゃああああああああああっ!」

「チックショオオオオオオオオオっ!」


 決着がついた瞬間、歓声と罵声が、同時に上がる。














「いやー、大したもんだ! まさか、あのタツノスケに勝っちまうとはな!」

「まったく、おそれいったよ!」

「……実は新人の冒険者じゃなかったりしてな」

「なに馬鹿なこと言ってんだよ! 三文小説じゃないんだぞ!」

「そいつがタツノスケに勝てたのはまぐれ! 絶対にまぐれに決まってる!」

「ちくしょー、今日の飲み代が!」

「まぐれだって勝ちは勝ちだぞ」

「勝ったのは絶対にまぐれだって! もう一度勝負すりゃあ分かることだ! そういうわけだから、タツノスケ! 立て……!立つんだー!」

「……あーあ、こりゃあダメだ! タツノスケの奴、完全にのびてるぜ! おい、誰か担架持ってこい!」

「気付け薬持ってる奴いるか? 香水でも酒でもいい!」

「えー、お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんかー?」

「あのっ、俺っ、回復術師なんですけどっ」

「おい!」

「なんだよ?」

「デッド・スワロゥの奴、いなくなってるぞ!?」

「それより剣! 剣回収してぇんだ、誰か手伝ってくれよ! くそ、抜けねぇ!」














 与太話だが。

 ストリートファイトが開催されていた場所は、後にブレンダの町の人気観光名所となる。

 後にこの世界を激震させることになる一団、【革命軍】の一員として知られることになる者たちが、この世界に刻んだ足跡の一つとして。

 いつしか「この剣を引き抜くことができた者は、かの英雄女王の懐刀、【騎士ドラウグル】【名無し】の剣士をも超える強さを手にする」という噂が流れることになる。


 数多くの腕自慢たちがブレンダの町を訪れ、石畳――の隙間に突き立てたられたこのバスタードソードを引き抜こうとした。

 成し得た者は未だにいない。


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