第81話


「デッド・スワロゥ、躱した! 華麗な体捌きだ! また躱した……と思わせて、ななななななんとぉっ、足で抑え込んだ! 信じられるか、お集まりの観客諸君! 数多くの挑戦者を打ち負かしてきたタツノスケの剣が、今日この町にやってきたばかりの冒険者のタマゴが、封じられたんだぜっ!?」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「それも足でだ!  一体どうやった! 俺たちにはまったく見えなかったぜ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「すげーすげーすげー」

「頼む、もう一回やってくれ!」

「アンコール! アンコール!」

「馬鹿、それ使うのはコンサートだっつーの!」













「ふぁ〜……」


 欠伸をする。

 ディスコルディアは、中空にいた。

 つまらなそうな面持ちで、【名無し】の剣士と人間の青年の戦いを見物している。


「あんな脆弱なクソガキ、とっとと叩き潰せばよいものの」


 実際、つまらなかった。

 第一、実戦ではない。

 ディスコルディアにとって、ストリートファイトは茶番である。

 巻き込まれたとはいえ、茶番に真面目に律儀に付き合うなど、【名無し】の剣士は一体なにを考えているのだ。


「まったく、この……機嫌が読めない猫のしっぽの動きみたく、考えの読めぬなやつよ」


 視線を外す。いい加減うんざりしていた。


「うん?」


 故に、気づく。

 やんややんやと大騒ぎする野次馬たちの中、異物が、一人いる。

 眼を細め、ディスコルディアは異物を見た。

 そいつは野次馬特有の、怖いものみたさじみたものを求める下世話な目をしていなかった。

 武人の目、とでもいうべきか。

 真の強者を見定めんと、【名無し】の剣士をじっと見ている、虎の足としっぽを持つ獣人の男の目は。


「こいつ、一体。……!?」


 疑念は、形になることなく終わった。

 しばしの沈黙の後、わぁっ! と歓声が上がる。

 ディスコルディアは、視線を戻した。













「「「おおおおおおっ!?」」」

「これは、これはっ!? これはこれはこれはこれはっ、勝負あったか!?」

「いや、まだだ! まだ終わってねえよ!」

「見ろ! タツノスケは得物を手放していないぜ!」

「クソッ……! タツノスケ、押し返せ!」

「負けんじゃないぞ、デッド・スワロゥ!」

やっちまえボンバイエ! やっちまえボンバイエ! やっちまえボンバイエ!」


 そろそろ、勝敗が決するだろう。

 時間にして、三分にも満たない戦い――


「これは、もしかすれば……久しぶりにタツノスケのが見れるかもしれないぞ!」

「……マジかよ!?」

「だとすれば、ついてるぞ、俺たち!」


 ――のはず、だった。


「ほぉう、なんと、これは……!」


 思わぬ展開に、ディスコルディアは破顔する。













 瞬時に振り上げた片足を、剣先に振り下ろす。

 そのまま、地面に抑え込む。

【名無し】の剣士が使ったのは、ネリチャギ。

 踵落とし、と俗に呼ばれる蹴り技である。


『風呂入ってたら得物かたな盗まれたんだよな。やったのはその日潰した道場の門下生。総出で袋叩きにされそうになって、咄嗟にイノシシを撃退するのに重宝していた蹴りを浴びせたんだよな。一人潰してびびらせて手を止めさせたところで、えもの取り返して全員返り討ちにしてやったんだっけ』


 野次馬たちは、やんややんやの大騒ぎだった。

 まさか、こんな手を使ってくるとは思わなかったに違いない。

 食らわされた相手は、さぞかし驚いているはずだ。

 実際、驚いていた。

 しかし、直後――


『……!? なっ!』


 衝撃は、思ってもみないところから襲い来る。













 辰之助は、目を閉じた。

 意識を集中させる。

 集中させた意識で脈動を、神経や血の流れとは違うものを感じる。

 それは、【チャクラ】と呼ばれるもの、コボルトの亜人が持つ特有の力。

 本来であれば、人間であり、おまけに「異なった」世界の存在である辰之助が使えないはずの力だ。

 だが、を使うことで、辰之助は【チャクラ】を使うことができた。

 そして、先生――老コボルトの亜人のジークンドから教えを授けられ、【コボルトケンジュツ】――【チャクラ】を身体全体に浸透させ、筋力・五感・知覚速度・反応速度を強化して戦うコボルトの亜人の戦闘技を取得したのだ。

 辰之助はまだまだ一人前ではない。されど、やろうと思えばレッサードラゴンを力比べでねじ伏せ、50メートルの距離を2秒で走ることができる。


 柄を握った手のひらから、光が零れた。


 ぼひゅっ!


 同時に、辰之助の身体から、真夏の日差しを思わせる光が噴き上がった。


「……覚悟しろよ、デッド・スワロゥ!」



 反撃、開始!


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