第79話


「さぁて、続いて西に立つのは……あ、やべぇ! 名前聞いてなかった! 俺としたことが、こいつはうっかりだぜ!」

「「「うわっはっはっはは!」」」

「やっちまったな、モリリン!」

「モリリンらしくないな!」

「ドンマイ、モリリン!」

「えー……と、いうわけで勇気ある挑戦者さん、お名前は?」

『…………』

「おいおいおいおいおい! 恥ずがるなよ、挑戦者さん! というわけで、お名前をどうぞ! あと、出来ればこの勝負への意気込みも!」

『いや、ンなこと言われても。どうするよ、ディスコルディア……って、いねぇし!』


 正直言ってやばい。先程の件みたいに、ビリーの弁明は望めない。

【名無し】の剣士は、衆人の中にいながら、人知れず孤立させられていた。


『やっべぇ、ホントどうするよこれ……』


 しかし、思わぬところから救いの手が差し伸べられる。


「皆さまご注目! 勇気ある挑戦者である彼の名は……デッド・スワロゥ!」


 背後から、朗々と声が発せられる。

 振り返れば、一人の男がいた。


「経歴、年齢、戦闘力、それら全て一切不明の謎の男! 西に立つのは、このブレンダの町に本日突如現れた謎の男! 今のところ分かっているのは、名前だけ!

 栄えある冒険者のタマゴ、期待のルーキー……






 デッド・スワロゥ!」

『……!?』


 目が合う。













【名無し】の剣士は、この【異世界】で一つ学習したことがある。

 獣人についてだ。

 獣人はどうやら、全身が獣の姿であるのと部分的に獣の姿である、二つに大まかに分けられるらしい。

 目が合った男は、後者だった。

 一見、精悍な面持ちの、筋肉質な若い人間の男である。

 だが、靴を履いておらず露出している足は、腰のあたりから伸びてズボンに巻き付く長い尻尾は、獣のもの。黒いしま模様がはしる黄金の毛並みと形状から察するに、虎の獣人。


「頑張れよー!」


 目が合った瞬間、虎の獣人の男は、右手の親指を立てて笑った。少し尖り気味の歯が、白く眩しく輝く。


『なんか、むかつく野郎だな』


 悪気は感じられないが、駆け寄ってぶっ飛ばしてやりたかった。

 正直言って、思うことがなければ実行していただろう。


『気配がまるで、掴めなかった。アイツ、ただ者じゃない』













【名無し】の剣士は手にしたそれ、貸し与えられた刃が潰された剣を、幾度か振るう。

 刀ではない得物は、西洋剣だった。

 刃渡り、三~四尺ほど。

 あまり扱いたくない類の得物だ。

 片手で扱うには長すぎ、両手で扱うには短すぎた。月並みな表現だが、「帯に短したすきに長し」な剣。


『トンファーがあるんなら、バスタードソードがあってもおかしくないか』

「では、一応、ルールの説明を! 

 勝負時間は無制限! どちらかが敗けるまで、勝負は続くぜ!

 得物を手放すか、「降参!」と口にした時点で負け! 使える武器は、貸し与えられている剣のみ! それ以外を使ったら、反則で負けだ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「タツノスケ! タツノスケ!」

やっちまえボンバイエ! やっちまえボンバイエ!」

「タツノスケ、いつもみたいにのしちまえ!」

「信じてるからな、タツノスケ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「デッド・スワロゥ! デッド・スワロゥ!」

やっちまえボンバイエ! やっちまえボンバイエ!」

「頼むぜ……新人、絶対に勝ってくれ!」

「俺はお前を信じている! 信じて、今週の給金を賭けたんだ!」

「それは俺も同じだぜ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「タツノスケ、ぶちのめせ!」

「デッド・スワロゥ、ブッ殺せ!」

「ちょちょちょちょちょっと待て! 殺すのはよくないぞ!? これ、ストリートファイトだよ!?」













「……よろしく、お願いします……」


 やんややんやと飛び交い、雨あられと降ってくる、歓声と罵声。

 対し、相対する青年の表情は硬く、声の温度は低い。


「それでは、試合……」

「おい、ゴング! 誰かゴング鳴らせ」


 直後、かぁーん! という間抜けな金属音が響く。


「……開始!」

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