第78話


「そんな高尚なものではない。先程も言ったが、これは合法の喧嘩だ」

『喧嘩に合法非合法ってあるのか?』

「あるんだな、これが」

『……?』

「あの二人が扱う得物を見てみろ」


 両者が手にする得物は、成程、よく見ると刃と切っ先が潰された剣だ。

 あれでは斬り合えない。


『成程、そういうことかい』


 合法の喧嘩とは、よく言ったものだ。

 要はこのストリートファイトとやらは、殺し合いを前提としない戦いなのだろう。


『けど、下手すりゃあ死ぬな。そうならんでも、でかい怪我くらいするだろ』

「そりゃあまあ、相応の重さを持つ金属の塊を本気でぶん回すのだからな、当たればな。おっ!?」


 がぎんっ! という、鋭い音が響く。


「勝負あり!」

「ぐぅっ!」


 その手から、剣が離れる。獣人の男は、地面に叩きつけられた。

 立ち上がろうとするも、しかし、肩に剣先が押しつけられる。


「ま、まいった! 降参! 俺の負けだ!」


 野次馬たちは、静まり返る。

 ただし、一瞬だけ。

 勝者と敗者、二人が分かたれた瞬間――


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「うあああああああああああああっ!」

「よっしゃああああああああああっ!」

「チックショオオオオオオオオオっ!」


 ――歓声と罵声が、同時に上がる。

 上げていないのは、【名無し】の剣士ぐらいだ。

 その双眸は、勝者の青年だけをただじっと見ている。

 












「さあ、次は誰だ!? 無敵無敗のストリートファイター、タツノスケ・イブキは、挑戦者を今か今かと待っているぞ!」


 獣人の男が去った後、青年の傍らに白毛のネズミの獣人の男が走り寄ってきた。

 察するに、この男が興行主なのだろう。


「いないのか、本当にいないのか!? 勇気ある挑戦者はいないのかあああああっ!?」


 大仰な言い回しで周囲を見渡し、拾い上げた剣をぶんぶん振り回す。


「いないのか、いないのか、本当に本当に本ッ当に、いないのかあああああっ!?」

「いるぜ! 無敵無敗のストリートファイター、タツノスケ・イブキへの挑戦者はここにいる!」













 おもむろに――


 どんっ!


『うぉあっ!?』


 ――【名無し】の剣士の背中に、衝撃が走る。

 背を思い切り押されたのだと気づいた時には、既に野次馬たちの視線を一身に浴びていた。


「おおっ!? そこのにいさん、なかなかイイ面構えをしているな! よぅし、善は急げだ! お相手頼むぜ!」

『ちょ、ちょっと待て、俺はこんな茶番に付き合うつもりは』


 押しつけられる形で、剣を渡される。

 返そうとするが、無視された。

 どうやら、声をかけられた時点で拒否権は既にないらしい。













「さあさ、皆さんご注目! 我らが無敵無敗のストリートファイター、タツノスケ・イブキに、またもや挑戦者が現れたっ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「本日二回目の、戦いおまつりがっ……始まるぜっ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 興行主が、声を張り上げる。呼応するよう、野次馬たちから歓声が上がる。

【名無し】の剣士は、嘆息した。


『まあ、こんなのもたまにはいいか』











「レディースアーンドジェントルメェン! お集まりの諸君、待たせたな! 本日二回目のヒートでグレイトなバトルが、再びここにおっ始まるぜ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「今この場に居合わせた諸君はマジで運がいい! なんてったって、多くのストリートファイターと組んで数々の勝負を見届けてきた、このモリリンですら、勝敗の行方が全くわからないんだぜ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「さぁて、喋ってばかりってのもアレだし、そろそろ勝負をおっ始めようか!

 戦うのはっ……この二人だッ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

「東に立つのは三か月前、このブレンダの町でこのモリリンに見出されデビューした、今もっとも注目される新進気鋭のストリートファイター……


 タツノスケ・イブキ!」


 白毛のネズミの獣人、モリリンの実況の声と共に、タツノスケは足を一歩踏み出す。

 見た感じ、かなり若い。おそらく十代半ばから後半あたりだろう。

 どこか女性的な美を持つ、整った顔立ちをしていた。

 首のあたりをぎゅっと締めるような、奇妙なデザインの藍色の上着を羽織っている。長年の愛用品なのか、修繕の後がやたらと目立つ。

 それ以上に、精緻な細工がほどこされた金のボタンが印象的だった。


「その剣技は鋭く重く、されど華麗! これまでも対戦相手を地に沈めてきたのは、皆も知っての通りだ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

「タツノスケ! タツノスケ!」

「タツノスケ! タツノスケ!」

やっつけろボンバイエ! やっつけろボンバイエ! やっつけろボンバイエ!」

「タツノスケ、やっちまえボンバイエ!」


 実況のモリリンの声に絶賛されるも、タツノスケは特に嬉しそうな表情を浮かる様子はない。

 視線の先に立つ、対戦相手を見据えた。

 文字通り、血と汗が染みついた得物を握りしめる。













 少しでも長く生きるためにも、絶対に負けるわけにはいかないのだ。


「なんで、塾をサボってゲームセンターに行こうとしただけで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ……!」

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