第77話
「なんだと!?」
驚くディスコルディアを尻目に、【名無し】の剣士は側にあった屋台の前に立った。
じゅうう! と、芳ばしい香りに出迎えられる。ぶつ切りにした肉を火箸の様に太い串に刺して焼いて売る、串焼き屋だった。
「へい、いらっしゃい!」
肉を焼いていたのは、黒い剛毛に覆われた大柄な猿の獣人の男だ。
「ロックバードの串焼き、おいしいですよ。タレと塩のどっちにします? 俺個人のおすすめは、タレなんですけど」
「カギタハ、やめなよ。相手は新人なんだよ」
「そうだぜ、なにも因縁つけなくてもいいだろ。新人いじめなんて、小物がすることだぞ」
「エレンもボーグも黙れよ」
その男の名前は、カギタハといった。
Cランクの冒険者である。
同じCランクの冒険者、弓使いのエレンと武闘家の熊の獣人のボーグ、今ここにいない鞭使いのドゥと共に、【茨の女王】というチームを組んでいる。
「あと、因縁つけてねえし、いじめでもねぇよ。あいつ絶対、後ろ暗いものを抱えてやがるぜ」
「そんなのお前の邪推だろ」
「もし間違いだったら、大変なことになるよ。下手すると、冒険者ギルドを強制退会させられるかもしれないよ」
「うっせぇ、黙れ。気付かれんだろ」
カギタハは、距離を置いて対象を
そいつはゴリラの獣人が売り子をする屋台の前で止まり、熱心な眼差しで売りものの串焼きを見ている。
新人冒険者になりたてほやほやの、赤毛の男。名前は、デッド・スワロゥというらしい。
実は先程、カギタハたちもまた冒険者ギルドにいたのだ。
他の冒険者たちと情報交換や世間話に花を咲かせていたところ、件のやりとりを目にしたのだ。
「どう考えたって変だろ? アイツ、なんにも喋らないんだぜ」
「風邪ひいて、咽喉痛めているだけかも」
「ンなバッドコンディションで、新人登録しに来るか? 冒険者ギルドは、年中無休で門を開いているんだぞ」
「……! 言われてみれば、確かに」
「それに、名前呼ばれた時のアイツの反応、見たか?」
「すっげーキョドってたね」
「だろ?」
カギタハは、頷く。
その目はデッド・スワロゥを、正確に言えば、その得物である日本刀を見据えていた。
因縁をつけて、巻き上げてやるつもりだった。
「異なった」世界から伝えられたとされるが、様々な理由からその製造法は詳しく分かっていない。
おまけに人気が高いため、日本刀は希少な武器だった。
うまいこと手に入れることができれば、一体どれだけの金になるだろう。
或いは、自身の得物のできれば。
思い出す。あの場に居合わせた冒険者たちがデッド・スワロゥの得物を見る目には、驚嘆と欲望があった。
狙っているのは、自分だけではないだろう。
ならば、早い者勝ちだ。
欲望の視線は、冒険者ギルドに入った時から既に感じていた。
「【名無し】の剣士……お前、本当に、人間だよな?」
『今は【
「すまぬ、褒めたつもりだったのだが……」
最初、視線の主たちの目当ては身体なのかと思っていた。
あまり思い出したくないことなのだが、かつて生きた世界でそういう目で見られ、挙句そういう目に遭いかけたことは数えきれないほどあるのだ。
だが、無遠慮に向けられる視線たちが向かう先は、顔や身体ではなく、決まって腰に帯びる得物だった。
『奴ら、俺が気付いてないとでも思ってんのかね。ったく、露骨に俺の腰に変態な視線を向けてきやがってさ』
さて、どうしてくれようか?
そう思った、しかし、その時――
「やっちまえ!」
大声が、耳朶を叩く。
「やっちまえって言ってんだよ、オラァ!」
瞬間、わぁっ! と歓声が上がる。
なにごとかと振り向けば、背後に人だかりが出来ていた。
こちらに背を向け、やいのやいのと大いに盛り上がっている。
「やっちまえ! やっちまえ!」
「そこだそこ! いけいけいけいけ!」
「いいぞ、ぶちのめせぇ!」
「今だ、タツノスケ! 全力で叩きこめ!」
「負けんなよ、ダグラス! 俺はお前に今週の飲み代全部賭けてんだ!」
「うおおおおお!」
物騒な言葉が飛び交う。
それに混じって聞こえてくるのは、カンッ! カンッ! となにか硬いものがぶつかり合う音。
『なんだなんだ?』
「おー、今週もおっ始まったか!」
されど、本能的に察する。
これは、剣戟の音。
人だかりの向こうで、戦いが起こっている。
「ああ、あれっすか? ストリートファイトですよ。毎週金曜日、ここら辺で行われるんです」
『ストリートファイト?』
「路上で行われる、合法の喧嘩だ」
薄く笑いながら、ディスコルディアが囁く。
「見ればどういうものか分かる。なかなか面白いぞ」
現場は、白熱していた。
拳を突き上げ、騒ぎ立てる野次馬たち。
彼ら彼女らの、熱を宿す視線の先で、ストリートファイトとやらは行われていた。
相対し合う男たち、人間の青年と狐の耳と尻尾を持つ獣人の男が、剣を手に大立ち回りを繰り広げている。
さながら、【名無し】の剣士が知る剣士同士の決闘。
しかし、厳密には違う。
『模擬戦か、これ?』
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