第2部

第6章 ガントレット

第70話


 その少女の名は、アンネ・マッカーティ。

 生まれ落ちたのは、南北戦争シヴィル・ウォーの前夜。だから、アンネはその後の深い混迷期を生きるしかなかった。

 赤貧洗うアイルランドの父なし子、周囲は犯罪の巣窟ゲットー、時は無法が横行する西部開拓時代――なにより、自分は男ではなかった。

 銃を手にしなければ、撃てなければ、殺さなければ、自分が虫けらのように死ぬしかなかった時代。

 アンネはおさげを切り捨て、スカートをはくことを止めた。ガンベルトとコルトで武装し、男として生きる道を選んだ。

 戦い抜いて――そして、後世にビリー・ザ・キッドと伝えられる無法者として死んだ。













「無念の果てに潰えし法に繋がれざる者アウトローよ。我が名は【魔神】イシス。

 ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、【騎士ドラウグル】に昇華かえし者なり」













 そして、【騎士ドラウグル】へと転生し、【異世界】へと降り立った。

 ぶっちゃけ、【異世界】の第一印象は最低だった。

 剣と魔法と英雄が生きるファンタジー、豊かな幸せがまかり通る差別と無法の上に成り立つ世界に、どこに夢と希望を見ればいいのだ。

【異世界】すら、かつて自分が生きた世界と大して変わらないことにビリーは絶望した。絶望しながらも生き続けていかなければいけないことに、さらに絶望した。

 そんな自分に残されたのは、戦いに優れた【騎士ドラウグル】の――供犠として子宮を失った肉体だけ。

 望むことなく授かった「望むものを召喚する」という【チート異能力】を駆使し、欲しいものを奪い、食うために戦い、追ってくる者は殺した。

 毎日、ただ必死だった。仲間も信じられる者もいないこの【異世界】で、他に生きる術なんて思いつかなかったのだから。

 そんな日々が一年ほど続いた、ある日のこと。

 町の片隅、スラムの建物の壁に背を預けて束の間の休息をとっていたビリーは、人の気配が近づいて来るのを感じてコルトM1877を抜いた。

 向けた銃口の先に、その男は現れた。

 純白の異装に異形の銃――後で知ることになるのだが、白いギリースーツに身を包み、モシンナガン小銃とスオミKP-31を携えた老人だった。

 傍らには、赤いチャイナドレスに身を包んだお団子頭の少女――の姿の【魔神】。


「こりゃあ、流石のこの【魔神】メリュジーヌもびっくりね、我が契約者たる【騎士ドラウグル】シモ・ヘイヘ。こいつは【騎士ドラウグル】、たまげたことに銃使いよ」

「……古い、銃だな……お前、いつの時代……の奴だ?」


 銃口を向けられているというのに少しも怯まなかったのは、彼が同じ【騎士ドラウグル】だったからか。それとも、歴戦の猛者だったからか。


「まさか、お前……女か?」



 或いは――

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