第68話
ウィリアムは、意識を現実に戻す。
相手を、【黒竜帝国】の脅威たる存在であり、なにより英雄であった親友の仇を見下ろす。
腰に帯びていた短剣を抜いた。
「ウィリアム軍曹!?」
「安心してください、殺しはしません」
嬲り殺しにしてやったところで、ウィリアムの気が晴れることはないだろう。
でもそれは、個人の感情である。軍務の最中、抱くことは許されないものだ。
だから、抑え込めるうちに、ことを行わなければいけない。
聞きたいこと、確かめたいことが、山ほどあるから。
柄にはめこまれていた宝珠を撫でる。刃全体が、毒々しい紫の色を帯びた。
ウィリアムの得物だ。使用者が込める魔力によって様々な威力の毒を帯びさせるマジックアイテム、【バジリスクの魔剣】である。
今帯びさせているのは、全身を襲う激痛に苛まれるが死ぬに死ねない劇薬。
しゃがみ込む。刃を、相手の首筋に当てる。
「せめて、苦しめ」
囁き、そのまま、引く――
――寸前のことだった。
爆発音!
ウィリアムの身体が、宙を舞う。
手から、【バジリスクの魔剣】が、離れる。
「なっ!?」
落下の際、ウィリアムは見た。
「なんだ、お前は……馬? ではない!?」
〈その者から、離れろっ!〉
それは、月のない夜の色の毛並みを持つ黒い馬。
ゲリュオンは、跳んだ。
〈砲弾となれ、
攻撃魔法を放つ。
球体の形に圧縮された焔は砲弾の速さで飛ぶ。樹木の群を、木っ端微塵に打ち砕く。運悪く周辺にいた【黒竜帝国】の兵たちを、なぎ倒す。
別方面から放たれた攻撃魔法、
そのまま、赤毛の男の側に駆け寄った。
〈大丈夫か?〉
返事は返ってこない。
見れば、ひどい状態だ。
肩に、矢を受けている。しかも、なにかやばいにおいがする。
おそらく、毒矢。
〈邪なるものよ、消え失せろ、癒しの風〉
解毒の魔法を発動させる。
矢がぼろり、と抜けた。
〈間に合って、よかった〉
だが、安堵する暇はない。
「炎の矢よ!」
「風の刃よ!」
「鋼の槍よ!」
「雷よ!」
「氷柱よ!」
攻撃魔法が、雨あられと降り注いでくる。
その一つ一つに、大した威力はないが、受けまくるとなると話は別である。
だが、これらは全て想定内だ。
ゲリュオンを中心に、光のドームが展開される。
白く輝くそれは、攻撃魔法を無効化する結界だ。
〈助太刀感謝するぞ、【深紅】〉
「なんだ、お前は」
〈我が名はゲリュオン。【獄炎】の名でもって、このアシュロンの森を統べる者〉
「なん」
相手の返事を待たず、ゲリュオンは力を開放する。
解き放たれたそれにあてられた鎖が、澄んだ音を上げて粉々に砕け散る。
【名無し】の剣士は、見た。駆け付けた黒馬――の姿をした魔物が、大いなる変貌を遂げるのを。
くすんだ鋼色の蹄、長いたてがみと尻尾は月の光を集めたような銀、蛍の光と青い貴石の輝きを散らした黒い背。
それらをいんいんと照らすのは、全身に纏った鬼火を思わせる青白い炎。
おそらくこれが、【獄炎】ゲリュオンの真の姿なのだろう。
〈動けるか?〉
『ああ、なんとか、な』
助けられた、のだろう。
しかし、何故、なんのために。
〈これを。お前のものだろう〉
戸惑っていると、首が前に差し出される。
その口がくわえるのは、得物である刀。
刃を封じる鎖は、既になかった。
〈そう身構えるな。安心しろ、わたしは味方だ〉
『…………』
〈さっきは、その……すまなかった〉
『別に、謝らなくていい。慣れてる』
言葉が届かないのは、分かっている。返せないのも。
せめて、笑ってやる。敵意がない証にはなるだろう。
刀を受け取る。元の重さに戻ったそれを納刀すると、安堵で大分身体が楽になったような気がした。
『さて、と……』
あとは、この場を上手く切り抜けるだけ。
しかし、この場にはまだ大勢の兵隊がいる。
遠巻きではあるが、取り囲まれていた。無数の剣先が向けられるのを感じる。
思ったより、敵の数は多かった。
『流石に、まずいな』
故に、連中が恐れている内に行動しなければいけない。
ここまでの戦いで、大分理解できた。
【
だが、万能というわけではない。ならば、不死というわけでもないだろう。
正直言って本調子ではない今、どこまでやれるか。
〈判断を違えれば、やられるぞ〉
『ああ』
〈だから一つ、わたしから提案がある〉
『……?』
〈乗れっ!〉
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