第63話


 ボレアスは、疾走していた。

 その背に、ビリーはキリと一緒に乗っている。


「ったく、とんでもねえじゃじゃ馬だぜ。いや、狼だからじゃじゃ狼?」


 正直、めちゃくちゃ乗りにくい。鞍が欲しい、と切実に思う。

 股でしっかり挟んでいないとすぐに落ちそうになるのに、毛が思ったよりふわふわつるつるしているので、気を抜くとすぐに滑ってしまうからだ。


「流石のアパッチだって、こんな無謀な真似しなかったぜ。やったら、開拓者どもが総出で逃げ出しただろうさ」


 そんなじゃじゃ狼を、しかしビリーは上手く、しかもキリを抱えたまま乗りこなしている。

 かつて生きた「異なった世界」、西部の地ワイルドウエストでは馬は移動のための手段だったから、乗れなければ生きていけなかった。

 追跡隊や賞金稼ぎに常に追われる無法者であるのなら、なおのこと。

 元々よかった運動神経が、【騎士ドラウグル】に成り果てたことで更によくなっているせいもあるのだろうけれど。


「ん?」


 服が、引っ張られる。

 見れば、キリが不安そうな目でなにか訴えていた。


「あー、悪い悪い」

 

 口につっこんだままだった布を、取ってやる。

 キリは少し咳き込んで、深く息を吸って吐き出した。


「ビリーさん……」

「喋るの、止めたほうがいいぜ。舌、噛むぞ」

「デッド・スワロゥは……大丈夫、だよね?」

「アイツはそう簡単にくたばりゃあしねぇよ。ゲンゾーじいさんがついているし」

「…………」


 態度から、察する。

 キリは、デッド・スワロゥこと【名無し】の剣士を案じているのだ。

 しかしそれは、あの魔族の亜人と対峙することに、ではない。ゲンゾーと行動を共にすることで、裏切られるのではないかという不安でだ。

 かつて、無法者であったビリーは知っている。

 一度裏切った奴は、何度でも裏切るのだ。

 裏切りには、麻薬の中毒とは違う常用性があるのだから。

 だが――


「心配すんな」


 キリの頭を、優しく撫でてやる。


「裏切られないだろうよ。もう、これ以上は」

「……え?」

「あ、そーだ! 質問一個いいか? お嬢ちゃんさ、なんでアイツをデッド・スワロゥって呼ぶんだ?」

「え、なんでって」

「ほら、あいつ、代償で声がその……まぁ、アレだからさ。名前、知りたくても知れねぇし」

「ええっと、えっと……」


 とりあえず、時間稼ぎにはなるだろう。

 まず一番の目的は、立ち入らせないことだ。考えさせることで、キリをことの深みに。


「おーい!」


 背後から、呼び声。

 振り返れば、ゲンゾーとデッド・スワロゥを乗せたソールが走ってくる。


「無事じゃったか!?」

「なんとかな!」


 しかし、直後――


 AWOOOOOOOOOOO!!!!


 ――聞こえてくる、咆哮。


「こいつは……まずい! 近いぞ!」

「ボレアス! ソール!」

「きゃっ!」


 ゲンゾーの声に応え、ソールとボレアスは走るスピードを上げた。

 

「しっかり掴まれっ!」

「は、はいっ!」


 そして――ビリーは、現在に意識を戻す。

 大狼へと姿を変じた魔族の亜人――ジャックマンに、自分たちは追いかけられている。

 見れば、キリは追ってくる脅威に目をつぶり、ビリーに必死にしがみついて耐えていた。

 ほっ、と。不謹慎だけれど、安堵の吐息をついてしまう。

 上手くごまかせない時に、ピンチになって助かった。


 今はまだ、キリは全てを知ってはいけないのだから。













✟✟✟✟✟✟

アパッチ


ネイティブ・アメリカンの部族の一つ。

ジェロニモ等、獰猛な戦士や熟練した戦略家を数多く出している。

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