第62話


 二匹のフェンリルは、弾かれたように跳んだ。

 ボレアスは右へ、ソールは上へ。

 動きが取れない空中に移動するのは、圧倒的に不利な状況を作り出す。

 ソールは大狼と化したジャックマンに向けて、口から炎のブレスを放った。


「ワォオオオオオン!」


 AWOOOOOOOOOOO!!!!


 迎え撃つのは、咆哮。

 喉から放たれるのは、衝撃波。

 激しくぶつかり合い、互いを喰らい合う。

 空気が、激震した。












「じいさん!」

「ボレアス、先に行くんじゃ! ビリーよ、どうか頼まれてくれ!」

「分かった、死ぬんじゃねぇぞ! あと、デッド・スワロゥを頼む!」


 ゲンゾーの命令に従い、ビリーとキリを乗せたボレアスは、先にアシュロンの森に飛び込む。


 ジャックマンは、追わなかった。

 仇を乗せたソールは、小屋の上に降り立っている。


「ふぅ、危なかったわい。今の若いモンは、色々やりおるわい」

「ゴブリンの亜人にしちゃあ、修羅場慣れしていやがる」


 拳で汗を拭うゲンゾーに、ジャックマンは問うた。大狼の口から紡がれる言葉は、不思議と明瞭である。


「ついでに、戦い慣れしているとくる。てめぇ何者だ? ただのクソじじいじゃないな?」

「わしゃあ、ただのクソじじいのゴブリンの亜人じゃよ」


 ゲンゾーは笑って、拳を前に突き出した。


「今日という日までは、とりあえずそうしていたがの」


 ぼぉおおん!!


 瞬間、爆炎が上がる。

 文字通りそれは、小屋を吹っ飛ばす。


「クソじじい、てめぇ!」














 もうもうと上がった粉塵に紛れ、死地からの脱出を果たす。

 二人を乗せたソールは、アシュロンの森を爆走していた。

 ゲンゾ―は手にしていたもの、爆薬の起爆スイッチを、ビリーから借り入れたそれを、投げ捨てる。


「ふぅ、これで少しは時間が稼げるはずじゃ」

『稼げると思うか?』

 

 声に応じるかのよう、ディスコルディアが出現する。


「思えんな」

『だろうな』

「して、なにか策はあるのか?」

『…………』

「ないのか、万事休すか、流石のお前も言葉が出ぬか」

『言葉が出ないのだけは、お前のせいだよ』

 

 相変わらずにやにやしているのに、イラッ! とくる。

 が――


『しかし、どうすっかな……』


 正直、真正面から殺り合って勝てる気がしない。

 それ以前の話、えものが封じられている。

 とはいえ、このまま鈍器として扱えなくないのだが――


『あのデカさじゃ、ブッ叩いたところで蚊ほどに通じんだろうしな』


【名無し】の剣士は、かつて生きた世界でのことを思い出す。

 確か冬の季節だったと思う。山奥の廃寺にこもって寒さをしのいでいたところ、獲物に恵まれず飢えた狼が乗り込んできて、死闘を繰り広げたことがあったのだ。

 今思い出しても、身震いが起こる。何度斬りつけても戦意を喪失しないし、薪を鈍器に頭を殴りつけてもなお襲いかかってきた。

 振り回した薪が偶然鼻面に当たってひるまなかったら、相手が一頭だけでなく群れであったのなら、一体どうなっていたことやら。


「確かに、死なんだろうな」

『【騎士ドラウグル】の力で、全力でぶん殴ってもか?』

「正直、微妙なところだ」

『……クソ、どうすりゃあいい!』


 追いつかれるのは、時間の問題である。

 だけれども、策はない。勝算すらも。


『考えろ、考えろ、考えろ』


 ――と、その時。


『……いや、待てよ!?』


 聴覚が、あるものを捉える。


『イチかバチか、だが……』

「どうした?」

『……やってみる価値は、あるかもしれねえ』

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